「日本美術をひも解く」など巨匠作品も

 全コロナ影響下も3年目。芸術・文化鑑賞の各施設は大きな営業を受けながらも、一方で変革への試みが定着しつつある。アート・イベントの企画・実施面をはじめとして、各分野の観客動員はかつてない危機的な状況に陥っていた。しかし、イベント会場での安定的な鑑賞環境など、従来にはなかった効果も浸透しつつある。アーツ・ワールド今号では、2022年秋シーズンの展覧会開催情報を中心にリポートする。

関心集める若冲の大作

若冲の代表作「動植綵絵」の作品から雄鶏をあしらった特別展ポスター

 「特別展 日本美術をひも解く<皇室、美の玉手箱>」が、東京芸術大学大学美術館(東京・上野)で開催中(後期開催9月25日まで)。
 宮内庁三の丸尚蔵館が収蔵する名品に、東京芸術大学のコレクションを加えた82件の珠玉の多様な日本美術作品が展示された。
 会期中、出展作品の展示替えがあるが、9月以降の見どころとしては江戸時代、京都を中心に活躍した絵師・伊藤若冲(1716~1800)の代表作「動植綵絵(どうしょくさいえ)」(全30幅中の10幅)など、日本絵画の最高峰と言われる巨匠の作品が楽しめる。
 「動植綵絵」は、青物問屋の家督を弟に譲り、隠居を決め込んだ若冲40歳ごろから描き始めたものとされ、さまざまな動植物を対象とした中でも、代表的な家禽(かきん)でもあった濃彩な色彩をもつ雄鶏を、熟慮された構図のなか綿密な写生と色彩とで生き生きと描写している「向日葵雄鶏図」などは圧倒される名作である。特にその雄鶏の目の表情は、作品を見る者に迫真り来るものがある。また、独自の絵の具の使い方や上質な画紙を惜しげ無く使ったことで、制作から250年を経た現在でも褪色なく若冲の強烈な美的感性が伝わってくる。

 今展では、宮内庁三の丸尚蔵館の収蔵品として初めて国宝に指定された伊藤若冲の代表作「動植綵絵」10幅(芍薬群蝶図、梅花小禽図、向日葵雄鶏図、紫陽花双鶏図、老松白鶏図、芦鵞図、蓮池遊魚図、桃花小禽図、池辺群虫図、芦雁図)=写真は会場展示=や平安時代三跡の一人・小野道風の「屏風土代」、 鎌倉時代の名品・やまと絵の集大成として名高い絵巻「春日権現験記絵(通期展示 ※巻四:前期展示② 巻五:後期展示②)、 元寇の様子を描いた絵巻「蒙古襲来絵詞」(通期展示 ※前巻:前期展示② 後巻:後期展示②)なども鑑賞できる。


 三の丸尚蔵館は、1989年に天皇陛下(現上皇陛下、皇太后陛下)が昭和天皇のご遺品を国に寄贈されたことで発足した。代々天皇家として受け継がれてきた絵画、書、工芸品を中心に、現在約9800点の美術工芸品が収蔵されている。
 今展は、日本美術を分かりやすく「ひも解く」をテーマに、「文字から始まる日本美」「人と物語の共演」など4テーマを設定した。展示設計も鑑賞者向けに親しみやすい工夫がこらされている。

【開館時間】午前10時から午後5時(9月の金・土曜日は午後7時半まで)
【休館日】月曜日(ただし、9月19日(祝)は開館)
【観覧料】一般2,000円(1,800円)、高・大学生1,200円(1,000円)

■日本里帰りした絵巻2巻

 「芸術✕力――ボストン美術館展」が、東京都美術館(東京・上野公園)で開かれている。2020年、世界有数のコレクションを誇る米ボストン美術館所蔵の古今東西にわたる多様な芸術作品が展示されることになっていた。それが直前に世界規模に広がった新型コロナウイルスの影響で中止となったいきさつもあり、2年のブランクを経て開催実現を果たし、注目されていた大型展。

ボストン美術館展「芸術✕力」のポスター2種。
上は<平治物語絵巻 三条殿夜討絵巻>の部分、
下は江戸期の伊勢長島藩文人大名・増山雪齋による
<孔雀図>の一部をあしらったポスター

 今展では、エジプトのファラオやヨーロッパの王侯貴族の秘蔵作品、日本の皇室・大名など、各時代の権力者による作品を紹介。展示60点のなか、半数以上が日本初公開。
 特に注目されるのは、そろって日本に里帰り公開となった<平治物語絵巻 三条殿夜討絵巻>と<吉備朝臣入唐絵巻>の公開。前者は平安時代末期の上皇派と天皇派の対立で起こった平治の乱をテーマにした作品で、後者は奈良時代の学者・政治家として活躍した英傑・吉備真備を描いたもの。合戦絵巻の最高傑作と見なされ、日本に残されていたならば、国宝指定されていたと考えられ、“幻の国宝”とも称される。
 知られざる文人大名の代表作が初めて里帰りして注目を集めた。江戸時代中期、伊勢長島(現在の三重県桑名市長島)藩の小大名・増山雪齋(ましやま・せっさい、本名・正賢=まさたか)による<孔雀図>で、本展のために修復された。

 また、本展では、多くの女性たちから愛された工芸宝飾品(ジュエリー)も展示されている。世界史の中で目立ったファーストレディーや財界の華となった女性たちが身に付けた宝石や磁器なども展示されている。(10月2日まで。入場には事前予約が 必要)

【開室時間】9:30-17:30、金曜日は20:00まで(入室は閉室の30分前まで)
【休室日】月曜日、9月20日(火)*9月19日(月・祝)、9月26日(月)は開室
【観覧料】一般2,000円(65歳以上1,400円)、大学生/専門学校生1,300円

■リヒターの多様な作品群

 また、「ゲルハルト・リヒター展」が、東京国立近代美術館(千代田区・北の丸公園)で開かれている。(写真は娘エラ=2007年の肖像ポスターとリヒター=2017年)

 1932年、ドイツ東部、ドレスデン生まれのリヒターは、子ども時代にナチスドイツ下で第2次世界大戦を体験、ベルリンの壁が作られる直前、1961年に西ドイツへ移住し、デュッセルドルフ芸術アカデミーで学び、コンラート・フィッシャーやジグマー・ポルケらと「資本主義リアリズム」と呼ばれる運動を展開し、そのなかで独自の表現を発表し、徐々にその名が知られるようになった。リヒターはドイツの現代アートの巨匠として著名だが、今回は日本では2005 ~2006年にかけて金沢21世紀美術館・DIC川村記念美術館で開催されて以来16年ぶり、東京では初の美術館での個展だ。抽象と具象のジャンルを大胆にまたがる製作活動を続けてきた。油彩画、写真、デジタルプリント、ガラスなど、多様な素材を活用している。初期のフォト・ペインティングからカラーチャート、グレイ・ペインティング、アブストラクト・ペインティング、オイル・オン・フォト、そして最新作のドローイングまで、リヒターがこれまで取り組んできた多種多様な作品を紹介。特定の鑑賞順に縛られず、来場者が自由にそれぞれのシリーズを往還しながら、リヒターの作品と対峙することができる空間を創出している。
 本展ではことし90歳を迎え、画家が手元に置いてきた初期作から最新のドローイングまでを含む約60年に及ぶ巨匠の作品、約110点が展示されている。今展には、ナチスドイツによるホロコーストを主題とした「ビルケナウ」を出展、日本初公開だけに話題となりそう。(写真は注目の大作<ビルケナウ>4点)

 作品《ビルケナウ》(2014年油彩、キャンバス)は260 x 200cm 、4点の巨大な抽象画からなる。本展では、絵画と全く同寸の4点の複製写真と大きな横長の鏡の作品(グレイの鏡)などを伴って展示されておいり、見た目は抽象絵画だが、その下層には、アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所で囚人が隠し撮りした写真を描き写したイメージが隠れている。リヒターは、1960年代以降、ホロコーストという主題に何度か取り組もうと試みたものの、この深刻な問題に対して適切な表現方法を見つけられず、断念してきた。2014年にこの作品を完成させ、自らの芸術的課題から「自分が自由になった」と感じたと作家本人が語っているように、リヒターにとっての達成点であり、また転換点にもなった作品といえる。
(10月2日まで。入場には事前予約が 必要)

【開館時間】10:00-17:00(金・土曜は10:00-20:00)*入館は閉館30分前まで
          9月25日(日)~10月1日(土)は10:00-20:00で開館。
【休館日】月曜日[ただし9月19日、9月26日は開館]、9月27日(火)
【観覧料】一般2,200円、大学生1,200円、高校生700円
 

■ガブリエル・シャネル回顧展 Manifeste de mode

 東京・丸の内の東京駅前の三菱一号館美術館で6月18日から開催中(9月25日まで、チケットは残り会期中完売済み)。20世紀ファッション界で、もっとも影響の大きかった女性デザイナーとして有名なガブリエル・シャネル(1883~1971)の回顧展。本展は、ガリエラ宮パリ市立モード美術館で開催されたGabrielle Chanel. Manifeste de mode展を日本向けに再構成する国際巡回展となっている。
 シャネルのファッションは、シンプルで洗練された鋭い感性に裏打ちされた「先進性と実用性」にあるといわれる。1920年代、活動的な新しい女性像を先導した足跡は高く評価されている。
 回顧展が日本で開催されるのは32年ぶりという。改めて独創的な“シャネル・ワールド”を感じることができる。シャネルのスーツ、リトル・ブラック・ドレスを代表に、どれも特徴的な服はシャネルのファッションに対する哲学を体現、さらにコスチューム・ジュエリーやシャネル N°5の香水といった展示に当時の記録映像が加わることで引き立てられ、鑑賞者をシャネルのクリエイションの魅力へと誘う。

       (陶)