セーフティ・ネットの役割とは…

「最低賃金」改定の目安示さず(中賃)

 今年の最低賃金改定の目安について、厚生労働省の中央最低賃金審議会(以下、中賃)が2020年7月22日、答申した。答申は「引上げ額の目安を示すことは困難で、現行水準の維持が適当」として目安提示を見送った(2019年の全国平均は901円)。中賃としては、異例の答申まとめとなり、少なからぬ反響を呼んだ。引き上げ額の目安を示さなかったのは、リーマン・ショックによる影響のあった2009年以来、11年ぶり。例年のスケジュールだと8月以降、各都道府県別に地方最低賃金審議会が審議を始め決定され、10月から発効する。
 今回の「現行水準を維持」とする中賃答申まとめは、最低賃金制の大きな役割である「セーフティ・ネット」を、どこまで守れたのかーという大きな課題を投げかけた。

◆ 目安小委員会で集中議論したが…

 日本の最低賃金改定は、労働大臣からの改定目安について諮問を受け中賃が審議した結果を答申。これを受けて地方最賃審議会が毎年8〜9月に都道府県別に開かれ改定額が決定する。
 目安小委員会の審議は、集中的に行われ最終段階では徹夜になることもある。中賃の委員構成は現在、①公益(大学教授ら6人)②労働(労働団体などから6人)③使用者(経営者団体などから6人)の計18人。目安審議に集中する小委員会は公労経から選出された各4人ずつで構成されている。
 今回も小委で20日から足かけ3日に及び、5回にわたる審議を重ねたというが、労使双方の意見の隔たりは大きく、最終合意に至らなかった。審議の中で労働側は着実な引き上げを強く求め、経営側は雇用維持、中小企業の厳しい状況などを訴えた。新型コロナ感染被害拡大の以前では、「最賃引き上げ」の旗を振っていた安倍首相も「雇用優先」へと基本姿勢が変化してきたことも影響している。新型コロナ被害で産業界全体の停滞も拡がってきており、目安小委の公益委員サイドは引き上げ凍結論に傾いてしまった、といえる。

◆ 地方審議会へ”結着”を投げてしまった…

 今回、中賃による「目安の現行維持」答申について さまざまな意見が出されている。
 中賃としてセーフティ・ネットを機能させる役割は…、過去の実績から遊離してしまった中賃か…、景気の動向を受け、いわばゼロ回答で地方審議会へ結着を投げた格好…など批判が出ている。主要メディアの報道、論評でも強い批判は避けつつ「きわめて遺憾…」などとする労働側の談話を使い、ともかく中賃のまとめた「結論」としている。SNSなどのコメントでも残念がる口調や、あきらめムードのものが少なくない。
 昨2019年の最賃改定結果は、全国加重平均で時給901円。最高は東京(1013円)で、最も低い青森、鹿児島など15県(790円)との地域格差は目立つ。最賃は地域毎に8月以降審議・決定するが、地方審議会で「中賃目安」は、重要な指針として参考にされていた。今回「中賃目安」が事実上見送りされたことにより、より一層地方審議会の主体的な踏み込んだ議論が求められている。
 中賃目安による影響については、特に不況時における中小企業、地域に立地している企業等に色濃く出ている。地域別格差是正が指摘される中で、現場では1円単位の改定額に気を使った経営者らが多い。

厚生労働省HPから  令和元年度地域別最低賃金改定状況の一部(カッコ内は平成31年発効額)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/minimumichiran/

◆ 日本の最賃、国際的には低い水準

 日本の最低賃金制度は、1959年、最低賃金法制度によってスタート、国際的にみると低い水準にある。日本は最賃を抑えて高い国際競争力を維持している―などの指摘は依然として強い。最低賃金は1890年以降、先進国中心に制度化が進んできており、1970年には発展途上国を念頭においてILO条約にも盛り込まれた。
 最低賃金を決定する方式として①審議会方式②法定方式③労働協約方式④労働裁判所方式ーがある。国際的にみて最賃の決定・運用は国別、地域別に様々に分かれているが、社会保障の観点が重視されているのが基本だ。 
 使用者と労働者のあり方については、経営倫理の基本テーマとして、その働き方、賃金はじめ労働条件などの理論・実践の展開を強調している。セーフティーネットが最低賃金決定に際して、交渉力の弱い労働者や非正規社員などを制度としてどこまで守れるかということが重要な視点となっている。

               (千)