‘’介護難民化” 拭えぬ感染不安

楢原 多計志  ジャーナリスト

 「今後、半年程度、毎月1回のペースで続けたい。次は5月中の発送を考えている」。5月13日の衆議院厚生労働委員会。介護サービス事業者へのマスクの配布状況を問われた厚労省の大島一博老健局長は、介護現場でマスク不足が続いている事態を認めた。介護サービスの利用者の大半が高齢者。こんな状態で新型コロナウイルス感染の第3波、第4波に耐えられるのか、介護スタッフや利用者・家族は不安を募らせている。  

想像絶する「死亡者の約半数が施設内」

怖くてケアできない

 新型コロナウイルス感染の拡大に伴い、医療現場と同様、介護現場でもマスクや消毒用エタノール、フェイスシールドなどの感染防止物資の深刻な不足に見舞われた。厚労省は買い上げた布製マスクを介護事業者に直送する一方、エタノール消毒液を一括購入して配布している地方自治体への財政支援を続けている。大島局長は「4月 15 日までに約 2000 万枚を発送した」と実績を誇示した。

 だが、介護現場では「予備のマスクがない」「布マスクは何回も洗うと感触が悪くて使いにくい」などと不安の声や苦情が出ている。訪問介護事業所の経営者は「マスク不足は一時期より改善されたが、必要分のマスクやエタノールを確保できていない利用者や家族がおり、怖くて訪問をためらってしまうヘルパーが少なくない」と話した。

たかがマスク、されどマスク

 厚労省が在宅系サービス事業者を対象にした休業実態調査(4月13日~19日)によると、デイサービス・ショートステイの858事業所が休業していた。休業理由は「感染防止のため設置者の判断」(自主休業)が843事業所(全体の98%)で断トツだった。
 特徴は緊急事態宣言が発令された東京、大阪、神奈川など 7都道府県で休業が目立つことだ。大都市では、介護労働力不足に加え、マスクなどの感染防止物資が十分に供給されない状況が続いており、コロナ感染への不安が解消されていないことが分かる。
 「ヘルパーを危険な目に遇わせるわけにはいかない。たかがマスク、されどマスクだ」と前述の経営者は苦渋を浮かべた。ヘルパーの離職が倒産に直結するだけに、経営者は休業に踏み切らざるを得ないというのが実態だ。

複数集団感染が社会問題に

 一方、特別養護老人ホーム(特養)や老人保健施設(老健)などの施設系サービスでは、医療機関ほどではないものの、クラスター(集団感染)が続発している。5月1日時点、特養では、茨城、千葉、東京、神奈川、福岡の5都県。老健では北海道、茨城、千葉、富山、兵庫、福岡の6道県で複数感染が起きた。
 施設系が訪問系と異なるのは、ウイルスが持ち込まれると、施設内で大勢の感染者が出るクラスターにつながり、死亡リスクが高まることだ。北海道の老健や東京の特養では数十人規模の感染に発展した。また群馬では介護保険施設ではない有料老人ホームでもクラスタ ーが発生し、地元自治体や施設は対応に追われている。
 海外では、高齢者施設での感染が大きな社会問題に発展している。英国では4月 11日~17日の1週間に2050人もの入居者が死亡。米国やフランスなどでも施設入居者の死亡率が極めて高いと報道された。同23日、世界保健機関(WHO)は「死亡者の約半数が介護施設内での死亡であり、想像を絶する人類の悲劇だ」との異例の声明を発表した。

与野党から「危険手当」要求

 介護業界の労働者不足はいまに始まったことではないが、感染拡大によって離職者が増え、このままでは感染が終息する前に介護事業の経営が行き詰まってしまう恐れもある。
 厚労省は関係自治体に対し、臨時措置として介護報酬請求の遅延を認めたり、人員配置基準を緩めたりするなど介護保険を弾力的に運用するよう促している。介護サービスが途切れれば、利用者(利用希望者含む)がサービスを使えなくなる「介護難民」になりかねないからだ。
 しかし、「このままでは離職者が増えるのは確実だ」(認知症対応グループホーム施設長)と指摘しているように、介護業界では介護労働者の大量離職を懸念する声が日ごとに高まっている。
 全国老人福祉施設協議会や日本介護福祉士会は、相次いで介護職員への「危険手当」給付や物資の供給、介護職員全員のPCR検査などを厚労省に要望した。
 焦点は「危険手当」だ。立憲民主党などの野党に加え、与党の公明党が「危険手当」の予算化を政府に求めることを決めた。
 だが、安倍首相は12 日の衆議院本会議の答弁で「引き続き現場の状況を踏まえ、必要な支援策を機動的に講じる」と明言を避けた。感染リスクに見合う手当を強く求める介護事業者の訴えや与野党の要求に対し、政府はどう応えるのだろうか。