自殺増加に関する緊急報告

千賀 瑛一  日本経営倫理士協会専務理事
(日本記者クラブ会員)

 減少傾向にあった自殺者数が、今年7月以降、増加に転じている。警察庁まとめの自殺統計や自殺防止の相談内容などから、コロナ禍によって増加したとは断定できないものの、この深刻な増加傾向が続くと懸念されている。

「10月の自殺増加に関する緊急報告」 =11月25日、日本記者クラブ会見場

◆10月自殺者2,158人(前年同月比40%増) 

 2020年11月25日、日本記者クラブで「10月の自殺増加に関する緊急報告」―「コロナ禍における自殺報道」の影響―が発表された。いのちを支える自殺対策推進センター・清水康之代表理事(元NHK報道ディレクター=写真下)による会見・発表。
 清水氏は、会見前日に警察庁から発表された自殺統計データを紹介。内容は①令和2年10月の自殺者数(2,158人:暫定値)は、対前年同月比619人(約40.2%)増②令和2年1〜10月の累計自殺者数(17,303人:暫定値)は、対前年比244人(約1.4%)増―というショッキングなデータ。
 清水氏は、自殺対策推進センターでの相談内容やその分析・調査をもとに現状を解説した。コロナ禍の拡散、さらに第3波の襲来で、自殺リスクが高まる可能性はあるという。自殺の原因は、失業、生活苦、人間関係など多様だが、コロナ禍の影響も追及しなければならないことを強調した。
 相談事業は現在、4民間団体を中心に厚生労働省から補助を受けて実施している。2018年度(初年度)の相談延べ件数は約2万3000件で、2019年度は約4万5000件、全体の9割が女性という。

◆相談しようとする人の受け皿に…

 清水氏は「人間が生きるためには促進要因と阻害要因がある。いまの社会生活の中で促進要因が減少しつつあることに注目しなければならない。自殺相談で何が出来るのか、不安の連鎖の中で、どのように対話へ引き込むか。相談したい…、と声を出す人への受け皿になれるかが重要」と話している。
 また震災が起きた際には自殺者は減少傾向にある。これは「連帯感」「苦境を乗り越える」などという意識が働いたとみられる、とも分析。
 2017年、神奈川県座間市で9名が殺害された事件では「自殺を手伝う」というSNSの呼びかけによるもので、心が弱っている人を狙った卑劣、凶悪な事件として衝撃を与えた。2020年12月15日東京地裁立川支部で、求刑通り死刑の判決が言い渡された。2021年1月5日控訴しないことになり同判決が確定した。

◆懸念される「自殺報道」の影響

 清水氏の緊急報告のサブタイトルが「コロナ禍における自殺報道」の影響―とあるように、会見の後半では相次ぐ自殺報道で多くの人を自殺の方向に後押ししてしまったのではないか、と報道のあり方に警鐘を鳴らしている。
 同センターでは、有名人の自殺報道を受けて自殺者数が増加した可能性があることを調査の中で指摘している。有名人の自殺は、報道直後から負の連鎖が始まる傾向がみられ、報道のあり方、情報発信の手法や内容について批判があった。
 今回の緊急報告では、7月18日、9月27日の俳優自殺に関わる報道について多面的に分析している。今後の課題として「報道の力は大きく、時として人の人生を大きく変える力がある。自殺対策に資する報道を―と提言している。」

 WHOでは「自殺報道ガイドライン」を2000年に策定(2008年、2017年に改訂)している。
 同ガイドラインでは、
①自殺対策についての正しい情報提供
②自殺の手段、場所などを詳細に伝えない
③有名人の自殺報道では、特に注意する―などが盛り込まれている。
 主要メディアでは、各社ごとのガイドライン策定が急務とされ、既に組織内でのルール化、教育・研修での取組みも始まっている。一方、急激に進行する情報社会の中でSNSなどによる情報発信は多様化しているだけにガイドラインの周知徹底、メディアの役割・理念が問われている。