リクナビが同意得ず「内定辞退率予測」販売

就活生の個人情報8千人分をAI処理、38社に

  年間80万人の就活生と3万社を超える企業が利用するとされる、就職情報サイトの最大手「リクナビ」。そのサービスを提供するリクルートキャリア社(東京・千代田区)が、約8千人の大学生ら就活生ごとに過去の個人情報データと付き合わせてAI(人工知能)処理した「内定辞退率予測」を商品開発、就活生に無断で企業に販売したとして8月26日、政府の個人情報保護委員会から初の厳しい勧告と指導を受けた。同社の小林大三社長は、「学生の心情に対する配慮に欠け、組織全体、わけても私の責任は非常に大きい。リクルートに対する信頼を失墜させ、事業の存続そのものに関わるレベル」と謝罪した。サービスは同5日に同社が法に触れることを認め発表、廃止した。就職情報では40年を超える実績があるリクルートグループ。その事業の柱の一つでコンプライアンスにほころびが出た。

政府の個人情報保護委員会が初の改善勧告

 廃止したサービス「リクナビDMPフォロー」は、顧客企業から前年の内定辞退者の名簿を提供してもらい、就活で内定後もどの企業をいつ、どれほど閲覧したかのネットの履歴を人工知能(AI)などで分析。その結果を踏まえて、就職活動中の学生が内定を辞退する確率を1人ずつ5段階で推測して1年400万~500万円で当該企業に売っていた。18年3月以降、38社が契約、購入したとされている。この中には自動車業界最大手のトヨタとホンダが購入していたことも明らかになった。購入について「内定からの辞退者を減らすため」「データを人事活用するための試みに」などとして、いずれも本採用合否への活用を否定しているという

縦割りだった個人情報の不正利用監視を一本化

 個人情報保護委員会は、個人情報保護法の改正を受けて2016年1月に内閣府の外局「特定個人情報保護委員会」を改組して発足した。各省庁がそれぞれ行ってきた個人情報保護法の監視と監督権限を一手に担い、個人情報の不正利用に対して指導と勧告を行う。 今回、リクナビの「内定辞退率予測」については、データを第三者に提供する際に必要な同意を取っていなかったと認定し、個人情報保護法違反と判断した。委員会の勧告は2016年の設置以来初めて。法律違反が明らかになった場合に改善を求める措置で、指導よりも重い。

 勧告では①組織体制を見直し、経営陣をはじめとして全社的に意識改革を行うなどの必要な措置をとること②今後検討する新サービスでも、適正に個人データを取り扱うよう、検討、設計、運用を行うこと③9月30日までに必要な措置を実施し、具体的な措置の内容を報告すること―を挙げている。また指導事項では、今回廃止したサービス「リクナビDMPフォロー」の個人データの第三者提供についての説明が、必ずしも明確であるとは認めがたい、として「今後、第三者提供にあたっては、本人が同意するか判断するために必要と考えられる合理的で適切な範囲の内容を明確に示すこと」とクギを刺した。

■「起こるべくして起きた問題」

 今回のリクナビにみる個人情報データの法に触れる不適切な扱いについては、「起こるべくして起きた問題。個人の権利や利益を守るというデータ保護の大きな課題の中で出現した氷山の一角」とするのが識者の見方だ。

  膨大な情報のやり取りや取引が行われるネット社会の成長拡大のただ中で、個人情報は好むと好まざるにかかわらずネットの中を流通し、データとして登録、蓄積される。例えばネット通販で買い物をした場合、何を買ったか、趣味や嗜好(しこう)は何か、ほかにはどういう傾向の消費動向があるか、あるいは購入したものによっては所得階層、家族構成、健康状態なども個人情報データとして分析、捉えられる。

 そしてコンピューターの人工知能によって、行動などを予測する「プロファイリング」という行為が行われる。ネット通販が購入したもの、あるいはその関連の品物などが、時をおかずしてメニュー立てされ、次にパソコンを立ち上げた画面には、それらが「あなたに関心のあるもの」として登場、提案されるなどは、当たり前のサービスとして見られるものだ。いまやこうしたプロファイリングをしている企業は珍しくないとされる。企業内部でも従業員の離職率やどういう精神・健康状態にあるかなどを、従業員の行動履歴や行動記録から予測している企業もあるという。

■消費者保護へ巨大IT規制の“けん制球”

 厚生労働省の東京労働局が職業安定法の指針に違反している疑いでリクナビを調査、聴取して事実確認していることが8日、分かった。同社の事業は職業安定法法が定める「募集情報等提供事業」に該当するのではないかとするもので、疑いが認められれば、行政指導の対象になる。事業実施の際のルールとなる指針では、業務のために収集した個人情報を本人の同意なしに保管・使用することを認めていない。

 また、公正取引委員会は同29日、「プラットフォーマー」と呼ばれる巨大IT企業の規制指針案を公表した。米グーグルやヤフーなどを念頭にサービスを利用する消費者を保護するため、独禁法上の「優越的地位の乱用」を適用すると初めて明示。取引先企業への不利益強要を禁じる同法の規定を行使し、購買履歴や位置情報といった個人情報の不当収集を防ぐものとして公取委は同日、指針案の意見公募を始めている。

  指針案では、巨大ITから消費者が不利益な取り扱いを受けても、サービスを利用するためには受け入れざるを得ない場合を「優越的な地位」と認定すると規定した。

  個人情報を目的以外に使用しないとする企業のプライバシーポリシーは常識として掲げられてあるものの、企業に集積されてくる膨大な個人情報が商品開発や販売拡張のために分析・加工され、今回のように個人の知らないところで使われ、場合によっては不利益を被る可能性がある。「(リクナビには)間違ったことをチェックするシステムが何もなかった。情報を軽く扱っていたのではないか」。保護委員会の記者会見での指摘は、あらためて個人情報の取り扱いに警鐘を鳴らすものとなった。

ACBEE編集委員 青木 信一