特別座談会  23期講座を振り返る

 企業・組織の経済活動などに絡む不祥事や不正などが相次ぐなか、令和の新元号のもと、2019年も企業・組織の存続発展と将来へ向けての持続可能性、サステナビリティを求めて経営倫理を学ぶ日本経営倫理士協会(ACBEE)の23期講座から新たに29名の「経営倫理士」が11月、誕生した。企業でCSRやコンプライアンス業務などを担当する社会人が、その資格取得のために5月から6カ月にわたり、リスク対応や内部通報、ハラスメント、ダイバーシティなど全18講座を受講、期間中に2回の小論文と筆記試験、講座終了後の面接試験を経て資格を得た。講座を通じ、基礎概念から世界レベルで取り組まれている新たな潮流の考え方まで一流の講師から学び、さらに受講生らの異業種の垣根を越えての交流など、多くの収穫を得て職場の第一線に戻って行った。
 11月26日、23期講座修了生3名に日本記者クラブ(東京・千代田区)に集まっていただき、半年間の講座を振り返っていただいた。

■ 体系的に学んだ知識と資格を生かして

■出席者 (発言順)

❖ 豊田 由貴さん  水ing 株式会社   法務・コンプライアンス統括 プライアンス推進部部長
❖ 牧  洋介さん  NTN株式会社   自動車事業本部営業管理部主事 
❖ 小菅 俊彦さん  株式会社アデランス 法務部マネージャー  
 ≪司会≫ 村瀬 次彦  日本経営倫理士協会プロジェクト・プランナー   

●経営倫理士になってあらためて思うこと

―― 今回23期に経営倫理士になられた29名で、1997年の協会発足以来、700名近くになります。経営倫理士になられた現在の感想と、今後、この資格をどう役立てようとされたいのか、皆さんの目から見て今企業に問われていることは何か、また協会や講座に対しての要望やアドバイスをいただければ、と思います。

豊田 半年は長かったですが、無事資格取得できてホッとしています。講座の途中で小論文2回、最後には本格的な修了試験がありましたので、それなりの準備も必要でしたが、徐々に慣れていきました。私自身は技術系出身のため、業務上根拠を添えて文書にまとめることが多く、また最近は役員会議の事務局も担当しているので、資料を期間内に仕上げる習慣があったことも助けになりました。

 経営層からこちらの講座の話をもらって受講することになりました。講義を通じて受講者同士で議論や意見交換することで理解を深め、視野や知識の幅を広げることができましたし、CSRやコンプライアンスなどの重要性を再認識することができました。取得したこの資格を今後どのようにして活かしていこうかと、合格通知をもらって改めて感じています。

小菅 あまりCSRなどを含め業務で経営倫理には関わっていなかったのですが、会社から種々の援助と配慮をいただき、経営倫理士になることができました。最近は職場の人間関係などに以前より気を配るようになり、風通しのよい環境づくりなど何か会社に貢献ができないかと考えています。

―― 先日来日し長崎・広島を訪れたフランシスコローマ教皇のメッセージにも「持続可能な開発のための2030アジェンダ」SDGsに向けての発言がありました。体系的に学ぶことで今まで気がつかなかった、意識していなかったことが、しっかり頭の中に入ってくるということでしょうかね。

●経営倫理士の資格をどのように役立てるか

―― 感想でも述べられていますが、今後、この経営倫理士の資格をどのように役立てようと思っていらっしゃいますか?

豊田 由貴さん

豊田 私は会社から受講推薦されたわけではないのですが、当社として、資格を取る必要があると考えてのエントリーでした。背景にあるのは社内にあるコンプライアンスへの不信感を一掃するというか、正していかなければならないという危機感です。目に見える形として有資格者をそろえていくのが一つの方法と考え、経営に諮り同意を得ました。世の中のコンプライアンスを重視する風潮は、ここ1、2年加速していると感じ、その流れは変わらないと想定すると当社も業界の中で先んじて、コンプライアンス重視の視点をもって会社の意思決定に関与していくことが大事だと思っています。それは資格を持っているからということではなく、体系的にバックグラウンドを学んだ人たちがいる組織として提言していくという形です。その提言が世の中の考えにも反していないし、先んじていることで、取り組むことは当社が競争に勝ち残っていくうえでも意味がある、というストーリーにできたらよいと思っています。会社の思惑とは違うのかもしれないのですが(笑)

――  会社の中に現在、経営倫理士は何人ぐらい、いらっしゃるのですか?

豊田 私で3人目です。

―― 逆にそういう人たちが何人ぐらいいたら、会社としては到達点と考えておられるのですか。

豊田 本講座で学んだことは大事なことで、結果的に資格は付いてくるものと考えています。そのため、何人配置するということではなく、今後経営を担っていく人たちが、経営倫理の学びをきちんとしてリーダーになるという形に組織のあり方を変えたいのです。そうすることで会社のあり方がより健全で、より透明性のあるものになっていくのではと思います。

牧 洋介さん

 私も受講した内容は経営を担っていく人にとって必須なものと思っていて、面接試験の中では当社も毎期受講していった方がいいし、若手の管理職よりは部長や部門長クラスに時間を割いてもらって、学び、考える機会を作った方がそういった立場の方たちが経営層側に立ったとき、学んだ知識が活きて くるのではないかという話をさせてもらいました。そういう流れを作っていくことが、ひいては当社にとって非常に大きな力になっていくのではないかと思います。当社は毎年独禁法遵守の研修を行っているのですが、それだけでなく社会貢献、ハラスメント、ダイバーシティ、SDGsなど、諸々全部含めたところが大切で、そういう知識を身につけるには最適なところだと思っています。経営層に対し提言する意識を持っているのが経営倫理士と思うので、部署ごと横の連携でうまくつないでいただければいいかなと考えます。また、私自身も学んだ内容を自分だけのものにするのではなく、自部門に対して講義を行って共有したいと考えております。そういった役割を担えるよう頑張っていきたいです。

小菅 俊彦さん

小菅 当社にはコンプライアンス室という部署がありますが、私は法務部で知的財産の担当をしているため、直接コンプライアンスに関わる機会は多くはありません。しかし、長時間労働やハラスメントなどで悩んでいる社員がいれば、身近な存在として最初は愚痴程度でもよいので、話を聞けたらと思います。問題が大きくなる前に芽を摘んでいけたらよいですね。現在当社に経営倫理士が6人いますが、それぞれが別々の部署に所属しています。できれば社内で連携して、例えば長時間労働などで離職率が高まる問題をどうするか、グループミーティングをして解決策を協議、それを上層部にもっていけるような体制がつくれたらいいなと。

―― 例えば内部通報とかヘルプラインで相談しながら内部で解決する。それらは法務部、人事部で協力して行っているのですか?

小菅 以前は一部の業務を法務部で対応していたのですが現在、企業倫理関係は内部監査部で、ハラスメント関係は人事部が担当しています。

―― 御社は経営倫理士が6人いらっしゃいますね。毎年3人ずつ受講されていますから、あっという間に10人近くなって経営倫理士会議というものもできそうですね。そうなると皆さん、体系的に学んでいる強みが出せそうです。横断的に経営層にモノ言える機関になれば面白いかも。皆さん活躍されています。例えば前期22期の女性の経営倫理士の方は、全国の女性を集めたリーダー会議の議長をされていると伺いました。

●経営倫理士の視点で、いま企業に問われていること

―― いま、まさしく経営倫理士になられたわけですが、“士業”サムライ業と言われる立場から、現在の日本の企業に問われているものは何かと思っていますか。

豊田 キーワードは「多様性」だと思っています。どの企業もそれを求めているのではないでしょうか。ただ多様性は単一で固定的な観念を持った人たちで成り立ってきた、これまでの日本企業のあり方と真逆なことなので、いざそっちへ行こうとした途端、これまでの慣習や考え方が壁になっているのが今の日本企業が直面している状況でしょう。多様性が世界の潮流となっていることを捉まえて、チャレンジできなかったら淘汰されてしまうという危機感を持っている企業は多いと思います。そこで経営倫理士の役割に期待されているのではないでしょうか。
 多様性、ダイバーシティには、いろいろな意味(解釈)がありますが、ここでは一例として単純に狭義で「女性活躍」と捉えたとします。女性活躍について議論する、それだけでもハードルがあったりとか、いろいろな軋轢(あつれき)がすぐ生まれますよね。それをどうやって解決するのか、指針を示すのが我々、経営倫理士の役割の一つだと思っています。必ずしも100%の答えが出せるわけではないですが、会社として目指している姿・形に対してできれば一つの道だけでなく、いくつかの道をどんどん出していくというのが我々のやり得ることではないでしょうか。体系的に学んだことを知識として持っている強みを活かし、それを自分oriented(自己中心)ではなく、一つ上の視座からちゃんと伝えるということが大事だと思います。

―― 車に例えて言うと、今のお話は「ずっと将来的にも良い状態を保つ」(Corporate  Sustainability)持続可能性というのが目的地だとすると、その道のりはある程度分かっているので、ライトを照らしハンドルを切るという見える部分でしっかり方向を示してあげることで、周りの人も付いてくる、というようなイメージで捉えたのですが…

豊田 経営者は目標を定め方向性を示しますが、それを実現するのは社員・スタッフです。両者をつなぐ役割を担うのが経営倫理士でしょうか。

 今の日本の企業に問われているのは、CSRやコンプライアンスということにとても敏感になっています。それにトレンドというのが結構変わってきて、CSRなのかCSV、あるいはサステナビリティ、さらにはSDGsなのか、学会でも年々テーマが変わっています。そういったことに対して企業の経営者が一番敏感になっていなければ、社会から淘汰されてしまいます。今あるものに目を向けても、「対策は後で」とするともう後はありません。だから経営者の人たちは、自社をどれだけ儲けさせることができるのかということと同様に、企業倫理を考えないと存続できず、“社会の公器”としての役割を果たしていけないのではないでしょうか。

豊田 目を向けない原因の一つは、経営が近視眼的で足元ばかり見過ぎているからではないでしょうか。投資家側の影響もあるでしょうが、最近投資家側の考え方も中長期的、サステナビリティ重視に変わってきていますから、その流れに乗れるかどうかに関わってくると思います。

村瀬 次彦ACBEE
プロジェクト・プランナー

―― そうですね、日本における年金積立金を管理運営する厚労省所管のGPIFもPRI(責任投資原則)に署名したのを契機に、環境・社会・企業統治に配慮している企業を重視して投資を行うESG投資が急速に広がっています。まさしくSDGsとの両輪として主役に躍り出てきました。SDGsの認知度について朝日新聞が行った調査では、直近の数値でも27~28%としています。一番よく知っているのは学生たちで、経営の問題なのに経営層を含め大人たちより学生たちの方が詳しい(笑)。これからの世の中にとっては良いことなのかもしれませんが…

小菅 ガバナンスがしっかりしている主要企業に、不祥事が多いと感じています。普通なら、資金力もあって優秀な人材も豊富なはずなのに、なぜこんなに不祥事や不正が多いのかと。それらのどの企業もハコはあっても魂が入っていないのでは、と思います。恐らく本音と建前があって利益と、かたや道徳も守らなければならないという両輪がうまく回っていないのが原因と感じています。上杉鷹山の小説に改革の火種(魂)を同志に分けていくというくだりがありましたが、経営倫理士が心の中に同じ気持ちを持って周囲に思いを広げていくのも一つかなと思います。

豊田 入社するときは、みな夢を持って入ってきていると思います。青臭いと言われるかもしれませんが、それをもう1度思い出してもらえればいいのではないでしょうか。

 あとは管理職とか先輩が、若い人たちのそういう夢の灯を消さないようにすることも大事ですよね。

―― 皆さん、経営倫理士の視点で、まとまったいいお話を聞かせていただきました。それと、私たちがこれからやらなくてはならないことがいろいろあるな、という思いです。経営に寄り添うことにおいて、どこまでも体系的な知識を持ち続け、その時々に実践して生かすことではないでしょうか。社内教育も一つの大きな役割として、経営倫理士がやることはたくさんある気がします。きょうはお忙しいなか時間を割いていただいてありがとうございました。皆さんの健闘、ご活躍をお祈りします。

晴れて経営倫理士の資格を得て、やるべきことに話が尽きない出席の3人
                              =日本記者クラブ

●コンサル・シミュレーションの機会などを

 座談会の最後に協会や資格取得講座についての要望をうかがった。主な要望は以下の通り。
・修了試験(時間内に筆記で)の結果や評価を返してもらいたかった。
・日本経営倫理士協会(ACBEE)と“兄弟”の関係にある日本経営倫理学会(JABES)、経営倫理実践研究センター(BERC)は、つながっているのだから、シンポジウムなどで活動や事業がもっと見えるよう、コラボレーションして学びの機会を提供してほしい。
・講座では講師から一方的に聞かされ、学ぶだけではなく講座の中でグループ討議などディスカッションし、まとめて発表する方式も多く採用してほしい。
・講座の中、あるいは後でもいいが実務補習のようなものをやっていただけたら、より学んだことを深化させて理解できる。過去にあった事件や架空の会社を例にして、経営倫理士としてコンサルティング・シミュレーションがあってもいい。あるいは、フ ォローアップ講座のような機会もほしい。

〖 いま注目されているコンサル資格 〗

 日本経営倫理士協会は、1997年10月に発足して22年。この間、約700人の経営倫理士が誕生、経済界で活躍している。本協会は、経営倫理士資格取得講座を重点に、コンプライアンス、CSR関連などの幅広い分野で活動を続けている。
 活動は重厚な講師陣、充実した資料提供、組織内の研修教育への協力、危機対応などのコンサルティング、正確でスピード感のある情報発信など、いずれも企業のニーズに即応し、踏み込んだ指導、助言が好評。リスク・マネジメントのコンサルティング機関としても注目されている。

(専務理事 千賀 瑛一 )