倫理に関するシンポジウム
何をなすべきか今後の公務員のあり方を考える
国家公務員の倫理について規定された法律――国家公務員倫理法が1999(平成11)年8月施行され、その10条に基づいて人事院に国家公務員倫理審査会が設置されてから20周年となった。記念のイベントとして12月16日、今後の公務員としてのあり方を考える「倫理に関するシンポジウム」をイイノホール(東京都千代田区)で開催した。民間企業・組織でも絶えない不祥事や不正が、最近は国政・官庁レベルでも相次いでいる。森友学園や加計学園獣医学部建設を巡る国有地売却に絡む決裁文書隠ぺいや改ざん、政府が重要法案として成立を目指した「働き方改革」で裁量労働制の不適正なデータによる前代未聞の予算修正、中央省庁が障害者雇用で水増し、医科大学への子息入学に絡む文部科学省幹部の汚職。「国家公務員が国民全体の奉仕者であって、その職務は国民から負託された公務…」と、同法の冒頭に規定された原点に立ち返り、シンポジウムでは公務員としてのあり方を巡って、若手職員らの取り組みや識者によるパネルディスカッションが行われた。会場には公務員以外の一般も含め、300人を超える参加者が熱心に議論や報告に聞き入った。

シンポジウムの冒頭、あいさつに立った池田修倫理審査会会長は、「審査会創立20周年の節目に当たり、広く公務のあり方に関するシンポジウムを開催することにした。公務に対して国民からの信頼を確保するには不断の努力が必要。第1部では、文部科学省と厚生労働省 の政策立案の最前線で活躍されている若手職員から、これからの倫理審査会のあり方についてそれぞれの省で行われてきた討論を踏まえ、その紹介と思いを、また第2部では各界で広く活躍されている4人の方々に、国民の信頼を得るために国家公務員は何をなすべきか、これからの公務に対する期待は何かを中心に議論をしていただく。これらの報告や議論を通じ、国家公務員としての役割、志を再認識、再確認していただき、職務への使命感、自らのキャリア形成を高めていくモチベーションのきっかけにしてもらいたい」と、シンポジウムの意義を語った。
■若手職員による省内改革の取り組み
第1部は若手職員によるプレゼンテーション「これからの公務組織のあり方」をテーマに、文部科学省と厚生労働省の第一線で次世代を担う若手4人が取り組みの経緯を説明しながら改革の意味を語った。

≪文部科学省の省創生計画≫
最初に文科省大臣官房政策専門官で企画係長の横田洋和さんが、2018年7月に局長クラスの幹部職員が受託収賄容疑で逮捕、起訴されたことを契機として省改革を検討するために自身もメンバーになり立ち上がった特別作業チームによる「省未来検討タスクフォース」プロジェクトを報告。
ファーストアクションで翌8月には大臣決定で設置が決まった。呼び掛けに対し若手・中堅を中心に省内で公募したところ、少人数を想定していたのが173人も集まった。「目指すところは当事者意識を持った課題共有と改善策の提案」と強調、1回に50人ほどに分けて4回にわたり説明会と課題への対応を議論、グループワークで深掘りした。10月には分科会を設けて①ビジョン・ミッション②組織体制・組織文化③人事政策、行政官としてのあり方④業務のあり方の見直し―を詰め、報告原案とし省内パブリックコメントと柴山昌彦文科相との意見交換会も交え12月、文科省自己改革案の提案報告に至っている。前後して10月には、これらの提言を受け「省創生実行本部」が設けられ、全省的な検討を経て「省創生実行計画」が19年3月に取りまとめられた。
優先的に取り組むべき改革の方向性として、①職員としてのあり方、ビジョンと基本方針の策定②コンプライアンス・省改革専属組織の設置③目標(コンピテンシー)・育成と成長(人事配置)・評価(人事評価など)の一体化で取り組む省内人材育成―を提案している。
令和元年とされた今年4月1日付で、事務次官の下に総括審議官を室長とする「省改革推進・コンプライアンス室」を発足させた。組織風土改革と組織体制、ガバナンスの強化をトップに掲げ、人材の強化(人事改革)、現場に根ざした政策立案機能の強化、業務改善の推進など、大きく5つの柱に分け46項目の取り組みを掲げ、8月には同コンプライアンス室から計画の進捗状況が報告された。
「創生実行計画は決して楽な計画ではないが、どの組織にも問題意識を持っている人がいる。人材をうまく活用して組織の運営に生かしていきたい」(横田さん)

≪厚生労働省の業務・組織改革のための緊急提言≫
厚生労働省の改革若手チーム、医政局経済課企画係長の古川あおいさんからは、今年8月に打ち出した省改革若手チーム緊急提言の報告「厚生労働省を変えるために、すべての職員で実現させること。」が紹介された。改革実行チーム結成の背景は、2018年末から19年1月にかけて大きな問題となった「毎月勤労統計」手抜き不祥事。雇用保険支給などの基礎となる統計数字で、従業員500人以上の事業所はすべて調べるルールを、東京都分については3分の1だけ抽出していた不祥事だった。「国民の生活に深く関わる省であるのに、このままでいいのかという危機感と何しろ圧倒的に人員体制が不足している現実。まず職員のモチベーションを上げることが国民の信頼に応える第一歩」(古川さん)と19年4月、20から30代の職員を中心とした38人による「省改革若手チーム」が全18人事グループを網羅する形で立ち上げたことを報告。

まず取り組んだのが「全省をあげて」をキャッチフレーズに、本省3800人を対象に大規模なアンケート調査を2回行ったこと。「厚労省で働くことについてどう感じるか」の問いに半数近くは「やりがいがある職場」、3人に1人が「自分の仕事に誇りが持てる」と答えたものの一方で、「仕事が心身の健康に悪影響を与える職場」「職員を大事にしない職場」が半数前後を占めた。また自身の業務量について65%が「多い・非常に多い」と感じており、その原因として人員不足が一番多く67%だった。また、若手を中心に事務次官を含む省幹部のほか、各人事グループの幹部ら省内でのヒアリングは当然のこととして、他省庁や外部企業や省を退職した若手にもヒアリングを行い、外部の視点や退職して行った若手らの生の声を聞き、改革すべき点を徹底して洗い出したという。
8月下旬、省改革若手チームは「業務・組織改革のための緊急提言」をまとめ、発表した。業務・組織を取り巻く現状から、それらの改革に必要な視点と具体的な提言、意欲と能力を最大限発揮できる人事制度の抜本改革まで4章、90ページにわたる。
チームで提言づくりに関わった老健局老人保健課課長補佐の石丸文至さんは、古川さんの報告を補足する形で緊急提言の意味を、「アンケートにあったように、すべての原因は人員不足や縦割り型の職種と人事でキャリアは固定、職場には閉塞感が強かった。今回の提言にも検討だけやっても変わらない、とならないよう実効性を担保して外部の目も入れた」とし、提言内容の特徴にも触れ「すべての職員が実感できるような業務改革の方策を考えた。それにはすべての職種からメンバーに入ってもらった。提言を出して終わるのではなく、提言の実現過程を着実に検証していきたい。根本匠大臣に緊急提言を行ったときには、SNSでも報じて国民から生の声をたくさんいただいた」と語った。

2省の報告後に行われた司会の審査会事務局・岸本康雄首席参事官との質疑では、改革計画や提言をつくりあげるにあたっての苦労やどのように評価されているのかが問われた中で、4月1日付けで産声をあげた文科省大臣官房省改革推進・コンプライアンス室の室長補佐となった齋藤加奈子さんは、「もっとも大事なのは個人の意識。国会対応は幹部職員ともども仕事に忙殺されている。現状の中で業務改善は意外と難しい。例えば会議資料のペーパーレス化ということ一つをとっても、最近入省してきた新人にとっては、それが常態であるように思えて業務改善として、あまり変わったようには感じないが、幹部職員には10年20年前に比べれば大変な変化となる。幹部職員にはリーダーシップを発揮していただきたいが、上司に恵まれていれば改善も進むものの、恵まれていなくても上司が代わるのを待つのではなく、自身に改革してやろうという意識があれば共感して協力してくれる人が周囲にいるので相談してほしい」と励ました。
各界活躍の著名人によるパネルディスカッション~信頼と役割、期待
休憩を挟んで第2部はパネルディスカッションで、「信頼される国家公務員とは~これからの公務に対する期待」をテーマに各界で活躍している3氏をパネリストに迎えた。元陸上選手で2000年シドニー五輪からオリンピック3大会出場し400mハードルの日本記録保持者の為末大氏、読売新聞社特別編集委員の橋本五郎氏、秋田県副知事から内閣府男女共同参画局長、文部科学審議官などを歴任し現在は日本司法支援センター理事長の坂東久美子氏で、モデレーターは立教大学法学部教授・原田久氏。

熱のこもった意見が出された
第1部のプレゼンテーションを受けて、原田氏から国家公務員倫理審査会が創立20周年の“成人”を迎え、20年間に2度の政権交代、大きな災害も発生したと公務員を取り巻く環境の変化を挙げ、「国家公務員の倫理が壊れてしまうのはいつなのか」と問題提起。
為末氏は先の報告を受け「あまりにも忙しすぎて心に余裕がないとミスも不祥事も起こるスパイラルに陥る。“余白の時間”を持つこと。人とのコミュニケーションも新しい形で、自分たちだけで抱え込まずオープンにして助けを求めることが必要だ。インターネットは個人の空間で、予測の立たないことに対しても、そこでは『私たち』ではなく『私』という個の立場でコミュニケーションしたい」とした。
■国を背負うという気迫を…
橋本氏はマスコミ人の立場から「報告を聞いて、ちょっと違和感を覚えたのは職場改善の要求のように聞こえたからか。忙しいのは、いつの時代でも同じようにあり、その中でいかにうまくやるか、ということではないか。大切なのは、なぜ自分は国家公務員という仕事を選んだのかということ。最近は国を背負うという気迫が薄くなってきているように感じている。国家公務員として矜持、自負と誇りを持ってほしい」と語った。(後段で誤解がないように、として「若い職員たちがあげた大きな改革の声は評価でき歓迎したい。正々堂々と駄目なものは駄目と反論すればいい。国民との関係で言えば公務員には文句を言いやすい。反論しないから。企業だったら絶対反論する。会社の利益になるから。おかしなことが起きたら、じっと我慢することはない。堂々と反論すればいい」と追加発言。)
消費者庁長官も2年間務めた坂東氏は、「確かに不祥事は20年前にも起きているが、個人の利益に結びつくものが多かった。しかし、現在の不祥事は形態が変わってきているように感じている。我々は国民のために仕事をしなければいけないのに、どれだけ国民本位の視点に立って仕事をしているかが問われる。そういう自覚を持って日本が直面しているさまざまな問題に取り組まなければならない、それは一役所が頑張ってもできるものではなく、むしろいろいろなプレーヤーと連携しなければ解決できない時代になってきている」と、自身の公務員生活を振り返っての印象を語った。
次に時代の変化に対し、「国家公務員として今後どういう役割を果たして行ったらいいのか」という投げ掛けがあった。
為末氏は「協力し合うということが非常に大切。スポーツの世界にも“ムラ社会”がある。人の流れが悪く固定化されると、そこに問題が起きる。ムラの常識(論理)と社会の常識のズレを定期的に確認していくことが大事だ。個人の倫理には限界がある。問題が起きたときには、それを早めにオープンにした方が良いインセンティブが働く仕組みがあるといい」。
橋本氏は自分の仕事に誇りを持つことが一番大事として、“面従腹背”が役人の心得であるかのような考えはおかしい。むしろ堂々と言わなければいけない。中曽根内閣の時の後藤田正晴官房長官が部下に与えた訓示「後藤田五訓」を引用、「①出身はどの省庁であれ、省益を忘れ国益を想え②悪い本当の事実を報告せよ③自分の仕事でないと言うなかれ④勇気をもって意見具申せよ⑤決定が下ったら従え、命令は実行せよ」を紹介。
坂東氏も政治との関連で、「政治家に良い判断をしてもらうための責任が国家公務員にあり、いろいろな選択肢を政治に示していく、そういう矜持を持つことは大切。重要なのは不祥事が起きたときに、それをオープンにしていくこと。その場をごまかすことで国民の不信感を募らせる。明らかにすることが辛く怖いことでも情報公開、説明責任を行うことが非常に大事で、それが翻って国家公務員の“武器”にもなる」。
■常識的に当たり前の考え方で
最後に司会の原田教授から「国家公務員として必ずしも、いつも強い心を持っているわけではないと思う。時々“心が折れる”、そうしたいろいろな場面に遭遇した場合にどうしたらいいのか」と意見を求めた。
為末氏は、「スポーツ界でのことで当てははめていいのかどうかだが、大体3つのものの1つでもあれば立ち直れる」として、①これをやっていることの意味。自分のやっていることが誰かのためにも役立ち、意味があるという自覚②手に入る。名誉なり権力なり、おカネなり手に入ると分かっている間は頑張れる③面白さ。これをやっている間は面白いと。公務員の方は①が一番当てはまろうが、これが失われるとただ辛くて耐えられないと思う。自分だけでも、それが感じられるか、あるいは組織的にそれが分かる、周辺から不断気づかない自分たちのやっていることに対して何らかの賛同、賞賛があれば心の支えになるだろう。もともと競技者は自分ひとりでやってきて“鋼の心”を持っていたのが、シェアができない状況に選手が追い込まれ、チーム型にスポーツは変わってきたと思っている。チーム型になってからは、選手は苦しい時に自分の感情をシェアしたり協力を求めたりして、いまは周辺にコーチやサポーターがたくさん付いている状況になっている。中にいては組織内論理が働いてなかなか難しいことも、外部に自分との仲間をつくっておけば、外の力を使いながら自分も感じていって変換することができるのではないか」とアドバイス。
橋本氏は、「組織に入ったというのは宿命であり、その与えられた場で仕事が面白いと思わなければ駄目。それが支えになる。直近で関西電力の民間とはいえカネに絡む不祥事があったが、カネを送られた方は夜も眠れない日々を送ったのではないかと思う。組織論としても、どうしていいか分からない時に救済できる場所をつくっておかないといけない。私論的にいえば、基本的には家に帰ってきて妻子に言えないことはやるな、ということだ」と持論を述べた。
坂東氏は、「あらゆる組織とのふれあいの中で、公務員としてのあり方を考えることは大事。いろいろな公務員のルールのもと、難しい面もあろうが外にもネットワークをつくって情報交換、一定の線を引いた中で堂々と意見を交わすことが望ましい。ルールは何も特別なものではなく、常識的にこういうことをしてはいけないなど、当たり前のこととして考えていけばいい。行政だけで解決していけることは、そう多くはない。いろいろなプレーヤーと連携して解決していくというマインドを持つことが大事」と、エールを送る。
結びとして司会の原田教授は、「国家公務員法が制定され20年、倫理規定が倫理審査会もできて公務員を取り巻く環境もずいぶんと変わったと思う。しかし、まだ道半ばであり、これから国家公務員に求められるのは活動しやすい環境をつくっていくという、より積極的な倫理だろう。それを確立するために、どう進めるかが課題」と締めくくった。