福祉・医療ジャーナリスト 楢原 多計志

新型コロナウイルス感染症の爆発的な感染拡大(オーバーシュート)の発生が懸念されている中で「オンライン診療」が注目されている。厚生労働省が保険診療の要件を緩和するなどして活用する方針を打ち出したからだ。だが、これまでオンライン診療の普及に積極的に取り組んで来なかった医療行政に対し、「場当たり的だ」と批判の声も。
手術や入院は予定延期を
「延期が可能な手術や入院は延期を検討してほしい」。3月26日、厚労省は都道府県や政令市などに新型コロナウイルス感染症患者(以下、新型コロナ患者)の大幅な増加に備え、受け入れ体制の見直しを促した。全国各地で集団感染(クラスター)が発生し、東京などの大都市では感染経路が把握できず、突然、爆発的に患者が増える「オーバーシュート」の発生を防ぐためだ。
要請のポイントは2つ。①都道府県ごとに調整本部を設置し、設定したシナリオに基づいて患者数ピーク時に対応する医療体制を整備すること②都道府県を越えた広域搬送を想定し、隣接自治体と調整を行うこと。
具体的には、入院が必要な患者数(酸素投与や合併症のある患者数)と重症者(集中治療室や人工呼吸器による管理が必要な患者数)を推計する。同時に新型コロナ患者のみを受け入れる医療機関・病棟や医療スタッフなどを設定して受け入れ体制を整備し、隣接自治体と調整することなどを求めている。
その際、新型コロナ患者の治療・入院を集中させるため、「延期が可能な手術や入院予定については延期を検討すること」を要請した。
圧倒的に足りない感染症病棟
なぜ、予定されている手術や入院延期を促してまで新型コロナ患者の受け入れを優先するのか─。新型コロナウイルス感染症は「指定感染症」に指定され、感染患者とその疑いのある患者は原則、「感染症病床」に入院させなければならない。ところが、昨年11月30日時点、病床総数161万8303床のうち「感染症病床」はわずか1884床。これでは「オーバーシュート」に対処できそうもない。
厚労省は、新型コロナ感染症の状況を「緊急、その他やむを得ない事情」(感染症予防法)と解釈し、非常時に感染症病棟以外の医療機関への入院も可能とする一方、電話やスマホなど情報通信機器を用いた「オンライン診療」の要件を緩和し、臨時特例として慢性期疾患者や自宅療養している新型コロナ患者の診療や医薬品の処方を認めることになった。
要件を緩和して危機回避へ
「オンライン診療」は、2018年度診療報酬改定で公的医療保険が適用されたが、対象が生活習慣病などに限られている上、「オンライン診療料」や「処方箋料」などを取得するには「同じ医師による3カ月以上の対面診療」や「オンライン診療計画書の事前作成」などの厳しい要件があり、欧米のように普及していないのが実情。
厚労省は専門医の意見を踏まえてオンライン診療の指針などを見直した。例えば、定期的にオンライン診療している慢性疾患患者で「(新型コロナ症に感染すると重症化が)容易に予測される症状の変化」がみられる場合、オンライン計画への記載がなくても、診療や必要な医薬品が処方できるようにした。保険薬局ではファクシミリを通した調剤が可能になった。厚労省は「あくまで臨時特例的な措置であり、オンライン診療では新型コロナ感染症の診断はできない」などと説明している。
日本では、対面診療の必要性を主張する医師が多く、オンライン診療が普及しているとは言い難い。遠隔診療に取り組んでいる外科医は、「今回の緩和策は限られた医療資源を新型コロナ対策に集中させることが狙いであり、オンライン診療の意義が理解されたわけではない」と言い切った。さらなる議論が必要だ。