2020年度診療報酬改定を読む(下)

ジャーナリスト 楢原 多計志

コロナ禍 医療従事者に給与払えない

新型コロナウイルス感染の拡大が医療経営者を脅かしている。2020年4月1日、診療報酬が改定されたが、医療界で「患者が減り、先が読めなくなった」と経営不安を訴える声が強まっている。日本医師会(日医)などの医療提供団体は、加藤勝信厚生労働相に財政支援などを求める緊急要望書を提出した。医療経営現場で何が起きているのか。

広範囲の受診抑制で窮地に

「このままでは給与の確保が難しい」。5月1日、日医と四病院団体協議会(四病協、日本病院会など)は、急きょ加藤厚労相に要望書を提出した。要望は、表向き「新型ウイルス感染症の治療体制を維持する観点から」となっているが、真の狙いは病院や診療所への財政支援にある。
提出後、横倉義武日医会長は取材者に「緊急事態宣言によって外来、入院とも大幅に患者が減り6月以降、従業員(医師や看護師、事務職員など)の給与や賞与の確保が難しくなる。重大かつ深刻な影響が出るだろう」と「6月危機」を力説した。
どの程度、患者が減少したのか。3、4月分の診療報酬支払額がまだ発表されないため正確には分からないが、横倉会長は「3月時点で診療報酬の請求件数は15~20%程度落ち込んだ。コロナ感染症の治療が、高齢者や小児(の患者)の診療を減らしているだけではなく、花粉症、アレルギー、喘息(ぜんそく)など広範囲の診療科で受診抑制を招いている」という。
これより前、厚労省は新型コロナの治療を優先するため、「不急な手術や入院を控える」「(糖尿病や高血圧症などの)生活習慣病などの処方薬は長期処方を可能とする」との通知を地方自治体に出した。その結果、患者の受診回数や処方回数がかなり減っていると横倉会長は指摘した。

地域医療が崩壊する

厚労省は新型コロナ感染治療体制がひっ迫する「医療崩壊」を防ぐため、診療報酬について二つの特例措置を打ち出した。一つは一般病院に新型コロナ治療を引き受けてもらうため、診療報酬を算定できるようにした。感染の疑いのある人を一般患者と分けて外来診療した場合、3000円。感染予防策をとった一般病棟に入院させた場合、2500円をそれぞれ算定できるようにした。
もう一つはオンライン診療で初診を容認したこと。新型コロナ治療に当たる大病院などの初診外来や入院を制限し、他の医療機関などに患者を振り分けることが大きな狙いだ。初診料2140円(一般の初診料より740円低い)、再診料420円、処方料420円、処方せん料680円。
だが、日本病院会(日病)の会員は「二つの特例措置によって増収になっているのは一部の医療機関に限られている。うちは患者が2割弱減った」と嘆いた。
2020年診療報酬改定では、医師らの人件費や技術料などに充てる報酬本体部分が0.55%(働き方改革推進分0.08%含む)引き上げられた。また「乳がんの予防切除」や「ギャンブル依存症の集団治療」が新たに保険適用となり、加熱式たばこも「ニコチン依存症の禁煙治療」の対象となった。患者にも、医療機関にとっても朗報になるはずだった。
だが、予期せぬ新型コロナ感染で医療機関全体の増収につながっていない。日病の会員は「この状況が続けば、新型コロナ感染症が終息する前に地域医療が崩壊してしまうだろう」と危機感を訴えた。
日医と四病協は加藤厚労相に、災害時のように前年度の診療報酬支払額に基づいた概算請求(見込み額による請求)を認めることや、後方支援に当たっている医療機関に「医療介護総合確保基金」(人材確保や施設拡充などに充当)を柔軟に配分すること、医療従事者が感染したりして(医療機関に)損害が生じた場合、補償を考えること─などを要望した。先の日病会員は「医療機関に自粛休業はあり得ないが、倒産休業は現実としてあり得る」と話した。