ジャーナリスト 楢原 多計志
製薬協など「薬価調査見送り」を要望

2021年度は薬価の中間年改定に当たる。従来、薬価改定は診療報酬改定とともに2年に1回(隔年)改定されてきたが、超高額医薬品に公的医療保険が適用されたことから中間年にも改定(中間年改定)が追加実施されることになった。ところが、中央社会保険医療協議会(中医協)で薬価改定の基礎データとなる薬価調査の是非をめぐって診療側と支払い側が激しく対立し、調査案の論議に入れないという予想外の展開となっている。
3師会「見送り」で先手
「第2波、第3波が懸念されている新型コロナ感染の現況を鑑みれば、薬価調査と改定を行うのは、いかがなものか」。6月10日、日本医師会(日医)、日本歯科医師会(日歯)、日本薬剤師会(日薬)の3師会が合同記者会見し、中間年改定の(基礎データとなる)薬価調査の見送りを政府に直接働き掛けることを表明した。
「医療現場は感染症対策を最優先に総力戦で対処している」(横倉義武日医会長)、「医薬品購入では価格交渉さえできない状況」(山本信夫日薬会長)、「現場は調査に伴う事務負担を強いられる」(堀憲郎日歯会長)と、こぞって薬価調査と中間年改定見送りの妥当性を訴えた。
公的医療保険制度の在り方を論議する中医協で3師会は「診療側委員」の主要メンバー。医療業界では、薬価引き下げを目指す健康保険組合連合会(健保連)や全国健康保険協会(協会けんぽ)などの「支払い側委員」に先手を打った─と受け止められている。
背景には、3師会とも会員が新型コロナ感染症拡大による経営悪化に見舞われていることがある。日本病院会や全日本病院協会、日本医療法人協会の共同調査によると、4月は外来、入院とも患者が減り、医療利益率は前年度より11.8%減少、とりわけ新型コロナ患者に対応するため一般外来を自粛(閉鎖)した医療機関では16.0%も減った。
また同日開かれた中医協・薬価専門部会のヒアリングで、日本製薬団体連合会(日薬連)や日本医薬品卸業連合会などは「医薬品の安定供給に追われ、薬価調査や薬価改定を実施する環境ではない」と見送りを要望した。
薬価が改定されるたびに薬価が引き下げられてきた。中医協の公益委員は「医薬品業界では改定が中止(見送り)されれば、薬価は現行が維持され、価格安定、経営安定につながるとの思いが強いようだ」と指摘する。
守勢に立つ支払い側
これに対し、「支払い側委員」を主導する健保連は「中間年改定は2016年12月の(財務相や厚労相などの)4大臣合意で決定された。政府の方針を変えてはならない。どうやって調査するのか、検討に入るべきだ」などと実施を主張した。
だが、「診療側委員」は「この現状下で薬価を調べても、よいと思える根拠に基づかない改定につながる」(日医)とあくまで見送りを要求し、膠着(こうちゃく)状態のまま閉会となった。
審議のカギを握るのは厚労省。「中間年改定は先に閣議決定された『骨太方針2019』などに盛り込まれている」(保険局医療課)、「薬価調査を9月に実施するには6月中に調査内容について準備を進める必要がある」(医政局経済課)などと説明し、中間年改定の前提となる薬価調査を実施する構えを崩していない。
6月17日の薬価部会で厚労省は調査規模を縮小する案を提案した。新型コロナの影響を考慮し、抽出率について購入側(医療機関)は19年度調査の半分、販売側(製薬会社など)は3分の2に縮小する案。だが、同日も「診療側委員」と「支払い側委員」は持論を繰り返し、再び結論を持ち越した。
薬価調査のタイムリミットが近づき、水面下の調整が続いている。国民は1円でも安い医薬品の安定供給を望んでいる。実勢価格はいくらなのか、ぜひとも知りたいところだ。可能な範囲での調査を望んでいる。