2021年度介護報酬改定 「どう変わる介護の値段」(上)

ジャーナリスト 楢原 多計志

コロナ禍 また抜本改革を先送り

 2021年度介護報酬改定がまとまり、4月1日から新しい介護保険サービスの報酬(価格)が適用される。今回も抜本改革は見送られ、報酬の小幅な引き上げ(+0.7%)や運営基準の緩和など小規模な見直しで終わった。改定されるたびに報酬体系が複雑になり、利用者・家族は利用明細書を受け取っても理解できる人は少ない。「利用者不在」の改定はいつまで続くのか。

3つの特徴 基本報酬は小幅引き上げ

 介護報酬改定は3年ごとに見直され、政府が決定した改定率に沿って厚生労働省が社会保障審議会・介護給付費分科会の意見を聴いて配分を決め、同時に運営や人員配置の基準などを見直す。1月18日、厚労省は介護給付費分科会に改定の概要を提示した。
 21年度改定の特徴は3つ。1つは、ほぼ全ての介護サービスの基本報酬を引き上げること。2つ目が新型コロナウイルス感染症などの感染症や災害への対応力を強化すること。3つ目は加算(基本報酬に上乗せする追加報酬)の要件や運営・人員配置の要件を緩和したこと。
 サービスの種類によって基本報酬や基準が異なるため、ここからは特別養護老人ホーム(特養)を例に、大まかなポイントを整理してみた。

経営悪化で基本報酬アップ

 訪問看護サービスなど一部のサービスを除き、サービスの基本報酬を一律に引き上げる。プライバシー保護に優れる個室ユニット型特養の場合、介護度が最も高い要介護5(の入所者)の基本報酬(1日当たり単位)が913点から929点に引き上げられる。1点10円が標準価格(地域によって差)。
 基本報酬を引き上げる理由は、賃金や物価の上昇、過去のマイナス改定が影響し、多くのサービス事業が経営悪化に陥っているためだ。昨秋10月、公表された20年度の「介護事業経営実態調査」(19年度決算)によると、全介護サービス平均2.4%で前年調査より0.7%減。特養は1.6%で0.7%減となった。
 特養の経営者が多く加盟する老人福祉施設団体の役員は「いまのままでは老朽化した施設の改修費どころか、職員の昇給もままならなくなる」と話す。慢性的な人出不足にコロナ禍が加わり、介護職員の離職に歯止めがかからない。
  東京都内では、特養を開設したものの、開所までに必要な介護職員が集まらず、入所定員を減らして(空室を抱えて)オープンさせざるを得なかった個室ユニット型特養が出た(4カ月後、満床)という。

コロナ対策で特例+0.1%

 感染症・災害の対応強化は、収束のめどが立っていないコロナへの対応のほか、相次ぐ台風や地震、集中豪雨などの自然災害への備えを強固にすることが狙い。コロナ禍に加え、昨夏の熊本・球磨川水害で特養入所者14人が死亡し、避難路の確保や平常時の避難訓練の必要性などが指摘されたことが背景にある。
 改定では、全ての介護事業者がコロナ対策に努めることに対して「特例的な評価」として、4月1日から9月30日の間、全サービスの基本報酬(新報酬)に0.1%を上乗せする(新型コロナ特例加算)。
 昨年暮れ、麻生太郎財務相と田村憲久厚労相は予算折衝後の記者会見で「(上乗せを10月以降も継続するかどうか)、新型コロナの感染状況をみて判断することになる」と述べ、継続に含みを持たせた。
 いまのような感染状況が続けば、介護事業者から継続を求める要望が出るのは必至。総選挙を直前に控え、早くも与党の間では「特例加算を継続すべし」の声が上がっている。

おびえる介護現場

 介護現場ではコロナ感染への不安が日々強まっている。厚労省が新型コロナ専用病床の逼迫(ひっぱく)を理由に、特養などの介護施設の入所者が感染した場合、軽症者は(医療機関への搬送入院ではなく)施設内で療養させるよう関係治体に要請し、現場にショックが走った。
 不安は介護職員の離職へ直結しかねない。地方自治体の懸念や要望を受け、政府は新型コロナワクチン接種の優先順位を変更した。当初、優先順位を①医療従事者②65歳以上の高齢者(介護施設入所者含む)③基礎疾患のある人④高齢者施設職員など─としていたが、1月中旬、高齢者施設職員について「施設内でのクラスター発生を防ぐ観点から入所者(②)との同時接種も可能」」と、前倒しを自治体に連絡した。
 一方、入所者・家族は、4月1日から介護保険料と介護サービス料金が同時に引き上げられ、負担が増す。介護保険料と介護サービス料金は所管する市町村によって異なるため具体的にどのくらい上がるのか、現時点では把握できないが、市町村は向こう3年間を視野に介護サービス提供の総量や保険給付総額を予測し、保険料を試算している。
 横浜市の担当職員は「改定のたびに新たな加算ができたり、算定の要件が見直されたりするため保険料の設定がますます難しくなっている。もっとシンプルにできないものか」と嘆く。介護保険制度や介護報酬体系の簡素化を切望しているのは利用者・家族だけはないことは確かだ。