山口教授、救急医療・災害医療で大胆な提案

杏林大学の高度救命救急センター長・山口芳裕(やまぐち・よしひろ)教授が、「災害救命の主役は医療ではない」をテーマに7月28日、日本記者クラブで講演を行った。山口教授は東京DMAT(災害派遣医療チーム)運営協議会・会長。2004(平成16)年10月の新潟中越地震で医療対応に従事したほか、2011(平成23)年の東京電力福島第一原発事故では日本救急医学会の医療対応委員長。この講演は、記者クラブで企画されたシリーズ「関東大震災100年」の第8回。災害時に救えるはずの命をどう救うのかという深刻な問題は、医療従事者だけではなく市民1人ひとりが考えるべき重要な問題であることを強調した。
災害死の3パターンに注目

国民の命に関わる緊急事態が発生したとき、救急医療・災害医療のチームが現場へ速やかに駆け付けて大勢の人の命を救っていく…、といったシーンを映画やテレビドラマで見られるが、それはまったくの錯覚だと山口教授はいう。特に災害においては、人命を救うという部分で医療が貢献できる機会は本当に少ないと山口教授は指摘する。
被災者の亡くなり方については3つの災害死があるとして、「直接死(即死)」「防ぎ得る死」「災害関連死」があると説明する。これらは、発災直後からの時間経過と関連が深く、被災現場で発生する建物倒壊や火災、津波の影響による直接的な死因によるものを「直接死」という。直接死に対して、救出・救助が間に合っていれば、あるいは適切な医療の処置が早くされていれば救えたはずの命、これを「防ぎ得る死(プリベンタブルデス)」という。さらに、直接死や防ぎ得る死をせっかく回避したものの、避難所等での生活において失われていく命を「災害関連死」としている。この災害関連死で亡くなる方には、医療機関での治療や入院を経た人々だけではなく、その必要がなく避難生活をスタートした人々の命も含まれる。
山口教授の見解では、「直接死」を救おうとするならば、建物の耐火・耐震化やインフラ整備、防波堤の強化や河川管理といった災害に強い街づくりが必要であって、ここに医療の果たせる役割はないという。また、「災害関連死」については平時の医療活動で役に立てることはある。しかし、それよりも大事な要素は避難所の環境整備や、そこで暮らすコミュニティのサポートを優先することが重要であって、医療よりも福祉の力によることの方が大きいと指摘する。救急医療・災害医療のチームの役に立てる部分は「防ぎ得る死」に限られ、しかも、救出・救助、搬送といったステージで要員の協力が得られなければ医療従事者は力を十分に発揮することができず、結果的に「防ぎ得る死」すらも、決して医療だけで防げるものではない。現場救急医療・災害医療が役立つ機会を検証しつつ、総合的なリスク対応のあり方を考えてほしい、と山口教授は強く訴えた。
「総合的な緊急支援体制づくりを」
いま、厚生労働省の指導のもと、国内の災害拠点病院すべてにDMAT(災害派遣医療チーム)が置かれ、有事の際は現地へチームが72時間以内で駆け付けられるように環境整備や教育訓練が進められている。しかし、想定される首都直下地震あるいは南海トラフ地震といった大規模な地震が発生した場合、現場に派遣できるのは全体のおよそ3割に留まるだろうという推計を山口教授は紹介した。また、南海トラフ地震では、救出・救助面で頼りになる消防部隊、緊急消防援助隊であっても全体の4割程度の運用になるだろうという予測も紹介しながら、被災域が広範囲にわたることを背景に (1)DMATも緊急消防援助隊も自らの地域対応で手一杯になる、(2)大規模地震が発生した後、余震に備えて1週間は警戒対応を余儀なくされるため、いずれも他県への出動ができなくなる―と、運用が限定される理由を分析する。加えて、DMAT出動の裁量権は災害拠点病院それぞれの病院長にあり、余震が見込まれる地域への医療者派遣判断の難しさや、途方もない数のけが人・病人に対処するための治療材料や臓器・組織のストックが圧倒的に不足している現状など、医療側が克服すべき課題として挙げた。
1人でも多くの命を救うために取るべき戦略は3つあると山口教授はいう。1つ目は公助を円滑に隙間なく進めるために必要な、FEMA(アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁)のような枠組み・仕組みづくり。FEMAは行政、自治体、民間組織それぞれに同じ役割の緊急支援機能を持たせておくことで、被災の規模・状況に応じた必要な支援を素早く適切に提供するための仕組みだ。FEMAを手本としてぜひ実現させてほしいと山口教授は力説する。2つ目は共助の観点から、災害ボランティアの整備・組織化。山口教授はTHW(ドイツ連邦技術支援庁)を例に挙げ、ボランティアを無償として扱うのではなく、職業訓練の要素を備えたインセンティブや最低限の給料を用意するなど、しっかり組織立てて平時から運用するべきという。そして3つ目は、外からの救援隊を頼らずに持ち堪えられる地元力の強化。特に近年、人員減による消防団の機能低下が著しく、早急に何らかのテコ入れを講じる必要性を指摘した。また最後に、ボストンマラソンの爆弾テロ事件、JR福知山線の列車事故などに見られた一般市民の献身的な行動を例に挙げ、その場に遭遇する市民1人ひとりの判断や救急技術が被災者の生存率に大きく影響するとし、市民の力なくして「防ぎ得る死」を確実に防ぎ得ない、と話した。
以上
(ACBEE企画担当・釜谷保徳)