総合企画委員・経営倫理士
豕瀬 悟

ことし9月、7年半に及ぶ安倍長期政権から菅内閣に変わりましたが、国民のために働きたいというメッセージと何だか誠実そうな雰囲気とが相まって、内閣発足時の支持率としてはなかなかの高支持率のようです。政権交代する際には往々にして前政権を批判しがちですが、今回は継続と既得権益の打破を組み合わせたところも支持率の高さに繋がったのかもしれませんね。
一方で大騒ぎのアメリカ大統領選挙はかなり極端な例ですが、お互いの欠点を指摘することで自分の正しさを誇示する手法は、安直な手段で誰でも取ってしまいがちです。適度な競争心、社会的に認められたい認知欲求は重要な欲求ではありますが、『過ぎたるは及ばざるがごとし』と言いますし、できることなら常に冷静でありたいものです。
❖冷静に正しく判断、行動することって…
新型コロナウイルスで世界が大きな影響を受けているなか、GoToキャンペーンに東京都が含められたり、イベントの参加人数の緩和が検討されたりと、ある程度の感染拡大を許容しながらのwithコロナの社会がいよいよ始まりました。密な接触を避けてオンラインなどの新しい技術や知恵を駆使しながらヒトを思いやる、相手をリスペクトする、新しい社会を目指す試みとなりますね。
そのような中、冷静に判断し行動することが重要とは思いますが、周囲の環境や人との関係性から常に適切な判断や行動を取ることができないのが世の中で、現在のような環境ではなおさらです。ここでプライベートな事情で恐縮ですが、コロナ禍のなか、関西の山村での叔父の通夜、告別式に参列したのですが、そこから正しい行動について振り返ってみます。
❖斎場は満席、焼香は長蛇の列、精進落としも…
まず訃報を受けた時の私の返事は「もちろん通夜から参列します!」でした。ところがこれに妻は大反対。小さな山村に各地から親類縁者が集まることで感染リスクが高いことを心配してのことでした(今思う と妻が一番冷静な意見でした)。それに対して山村とはいえ、参列者が集中しないよう村の集会場で先に仮通夜を済ませて、村から離れた斎場で通夜と告別式をすることで感染対策に配慮して運営されることが確認できたので参列することとなりました。ところが実際に参列してみると驚きの状況でした。通夜、告別式とも多くの参列者で、斎場は満席、焼香は長蛇の列、翌日の火葬場の送迎バスは補助席も含めて満席。精進落としの食事は酒も入って親類縁者で大盛り上がりとなりました。


確かに故人の思い出話や懐かしい人たちと会話が弾むことは理解できますが、あまりに無警戒、無神経な行動と見えました。
ここで参列者の感染対策としての正しい行動は、ホールのイスの間隔を空けるようレイアウトを変更する。焼香の列は前後の間隔を空ける。抱き合って悲しんでいる人には離れるよう注意を促す―となりますが、実際に”私がどのように行動したのか?”です。
『この環境はリスクが高い』と思い、喪主に相談したものの繰り返して強く要望することはできず、他の参列者と同じ行動を取ったに過ぎませんでした。その後は自分自身がウイルスキャリアー(濃厚接触者)となった可能性を考えながら帰宅し、そのまま自宅内で自主的に隔離生活を送ることとしました。それから約1カ月、幸い参列者からコロナ感染陽性者は見られず一安心です。
❖社会の規範、要請は時代と共に変化するが…
あなたはどのように考え行動されますか?今回の私の事例は、もしクラスターが発生していたら周辺住民の生活や社会活動に影響するものでしたが、振り返ってみると、訃報を受けた時点で私が冷静ではなく、妻の懸念を正しく受け止めて、さらに詳細を確認することに思いが至らなかったことが要点であったと思います。喪主の心情や参列者の雰囲気から当日その場でいろいろ変更することは難しいので、事前に準備できれば関係者の心情を害さないように上手く変更できた可能性もあったと思えます。
正しく行動するため、相手に伝えるためには、冷静さ、心構え(あるいは覚悟かもしれません)が大切であるのでしょう。社会的な規範、社会の要請は固定されたものではなく時代とともに変化してゆくものですが、まずは冷静であって、正しい行動、判断を下せるように心がけたいものですね。