社会福祉法人は変わったのか

山梨「大寿会贈収賄事件」の追跡

 今年2月、山梨県警と大阪府警が甲府市にある社会福祉法人「大寿会」の理事長ら8人が社会福祉法の贈収賄容疑で逮捕された(大寿会事件)。同容疑による逮捕は全国初とあって、社会福祉関係者に衝撃を与えている。事件の背景には旧態依然とした役員選任の実態があり、他の法人でも起こる恐れがある。ガバナンスの強化や事業運営の透明性があらためて問われている。

乗っ取り〟が狙い?

 「動機を追及中だが、乗っ取って経営権を握るつもりだったようだ」。山梨県警の広報担当官は増収容疑で逮捕した金融業と自称金融ブローカーの犯行動機について、こう話した。
 舞台となったのは、甲府市内で特別養護老人ホーム(特養)を経営している「大寿会」。前述の2人と元理事長の計3人が贈賄容疑、同法人の評議員5人が収賄容疑で、それぞれ逮捕された(起訴済み、余罪などを捜査中)。
 逮捕容疑は、2019年の11月、12月、贈賄側3人は推す理事と監事を評議員会で選任された謝礼として評議員5人に現金20万円ずつ渡した疑い。評議員5人は便宜を図った謝礼として現金を受け取った疑い。
 一見、単純な汚職事件のようだが、NHKや大手新聞社が逮捕のニュースを一斉に報じたのは、社福法の2016年改正(17年4月1日施行)で新設された贈収賄罪が初めて適用されたからだ。
 一般に収賄罪といえば、公務員の賄賂授受を処罰する刑法の罰則が知られているが、公務員に準じる「みなし公務員」(日銀や日本年金機構、国公立大学法人の職員など)や、NTTや日本郵便、高速道路、競輪競馬などの職員も、それぞれの行政法で贈収賄罪が規定されていることは意外に知られていない。

評議会の権限強化されたが…

 特養や保育所、社会福祉協議会などを運営(経営)する社会福祉法人。2016年の社会福祉法改正(16年改正)で役員に贈収賄罪を課すようになったのは、社会保障費の増大とともに、一部法人の放漫経営や会計処理の透明性などが次々に露呈し、組織運営のガバナンスや会計監査の必要性が迫られたためだ。
 直接の引き金になったのは、改正前に判明した特養の「多額な内部留保」だった。与野党の求めで厚労省が調査したところ、特養1施設当たりの内部留保金が約3億円もあった―とされた。後日、特養団体の指摘などで厚労省の集計誤差と訂正されたが、杜撰な会計処理がまかり通っていたり、理事や評議員を近親者で固めていたり、余剰金を社会貢献事業に使わなかったりするなど社会福祉法人の組織運営や事業展開の在り方が大きな社会問題として浮上した。
 批判を受けて16年改正には、ガバナンスの強化や会計処理の透明化などを盛り込まれた。その1つが理事会(理事)と評議員会(評議員)の関係見直し。改正前、評議員会は単なる「諮問機関」と位置付けされ、理事会から意見を求められた場合、協議して意見を提出する程度の役割しかなかった。
 改正によって、評議員会は「諮問機関」から法人運営の重要事項を決める「議決機関」に昇格。理事と監事の選任(解任)や役員報酬基準の承認、定款の変更などの極めて強い権限が与えられた。同時に、評議員の責任を明確にするため収賄罪が規定された。

問われる資格要件

 取材中の放送記者によると、金融業と金融ブローカーは「大寿会」の経営権を狙い、過去に貸し付けたことがある元理事長(別件の業務上横領罪で服役中、今回、贈賄容疑で逮捕)を抱き込み、意中の理事(5人)を送り込むため評議員5人に成功報酬として現金を渡したという。
 事件で明らかになったことは、理事選任などの重要事項を議決すべき評議員会(評議員)の危うさ。いとも簡単に外部からの不正勧誘に乗ってしまうようでは、とても「議決機関」の構成員とは言い難い。そもそも評議員はどんな人物がなるのか。 
 社福法は評議員の資格要件を「社会福祉法人の適正な運営に必要な識見を有する者」(第39条)と定めている。現実はどうか。理事長が知人や友人に声掛けしたり、他の社会福祉法人の関係者だったり…。第三者が「適正な運営に必要な識見を有する者だ」と納得できるような人物が選ばれているのだろうか。 
 逮捕された評議員の職業をみると、社会保険労務士1人を除き、鮮魚卸売業、健康食品販売業、携帯電話販売仲介業、飲食店の店員。第三者からみると、社会福祉法人との関係がはっきり分からない。職業だけで断定するのは難しいが…。
 社会福祉法人や福祉施設の運営資金は税金や保険料、利用者一部負担で賄われている。チェックする所轄の行政機関は行政監査で役員の適性まで踏み込んでいるのか、大いに疑問だ。
 かつて社会福祉法人や特養は「家族経営型」が多かった。法規制もあり、今日、「家族経営型」は少なくなったが、理事や評議員の資格要件は厳守されているのだろうか。「大寿会事件」は社会福祉法人の在り方を再考する機会になりそうだ。

福祉ジャーナリスト 楢原 多計志