「国防に係る危機的状況」との指摘も
ようやく日本国内で新型コロナウイルス感染症のワクチン接種が本格化してきたが、欧米主要国や中国などと比べ、出遅れ感は否めない。原因として開発研究体制の脆弱や承認システムの複雑さ、事業リスクの回避などが指摘されているほか、「パンデミックのような非常事態を想定した対策が不足している」と政府や国民に平時の備えを促す声が出ている。「1週遅れ」と揶揄されている日本のワクチン開発。この先、「逆転勝利」はあるのか。
ワクチン承認 海外勢が先行
5月9日、塩野義製薬と創薬ベンチャー企業のアンジェスの2社がそれぞれ新型コロナの変異ウイルス(英国型、南アフリカ型、ブラジル型の3つの型)に対応するワクチン開発に乗り出すことを表明した。変異ウイルスの活性を封じる専用ワクチンはまだ開発されておらず、変異ウイルス感染が拡大しており、開発の行方が注目されている。
日本のワクチン開発の遅れは際立っている。世界保健機構(WHO)によると、同月1日時点、ワクチンを開発・実用化しているのは米国(ドイツとの共同開発含む)、英国、中国、ロシア、インドの6カ国で、11種(品)。
残念だが、日本製は承認ゼロ。承認前の臨床試験(治験、全3段階)のうち、アンジェス(大阪大学、タカラバイオとの共同開発)が第2段階、塩野義製薬(国立感染症研究所、UMNファーマとの共同研究)、や第一三共(東京大学医科学研究所との共同開発)、KMバイオロジクス(東京大学医科学研究所などと共同開発)がそれぞれ第1段にいる状況だ。
政府は東京オリンピック・バラリンピック開催を意識して開催前にワクチン接種を急いでいる。米ファイザーと独ビオンテックスが共同開発したワクチンを特別承認し、現在、医療従事者と高齢者への接種を実施している。
また米モデルナ製と英アストラゼネカ製が近く薬事専門部会で承認される見通しで、海外3品が先行する。日本製ワクチンの接種開始は12月初旬ごろとみられ、オリンピック・パラリンピックに間に合いそうもない。

国家の安全保障にも影響
なぜ、日本製ワクチンの開発が遅れているのか─。4月16日、政府が主催する医薬品開発協議会で東京大学医科学研究所の石井健氏と日本製薬団体連合会(日薬連)会長の手代木功氏(塩野義製薬㈱代表取締役社長=写真)がワクチン開発研究の課題について、開発遅延の要因などについて意見を述べた。
石井氏は「今回のパンデミックがワクチンの必要性を世界の人々に再認識させ、特に緊急感染症ワクチンの確保が国防の意義を持っていることが明らかになった」として国が先導する形で開発研究や基礎技術研究の拠点を整備すべきだと訴えた。
具体的には、ファンドなどの資金なども利用してワクチンの開発研究や遺伝子治療に特化したグローバルな共同利用開発拠点と治験薬製造拠点をつくり、世界に通じる人材を育成することを提案した。

一方、手代木氏は医薬品メーカーの立場から「純国産ワクチンが出遅れた背景として平時からのパンデミックのような非常事態を想定した対策が不足していることがある」と国や地方の取り組みを批判し、米国のように国家安全保障上の観点から感染症対策に取り組む必要があると指摘した。
(参考)米国の国防総省は感染症対策を含めた常設機関を設置して研究開発を支援している。
また「せめて米国の食品医薬品局(FDA)のように臨床試験の手続きや患者登録、データ分析などによっては企業支援を行うべきだ」と要望した。 このほか、手代木氏は日本の製薬会社がワクチン開発に積極的にならない要因として「副反応などのよる訴訟リスクがある」や「原材料や資材の安定した確保が難しい」「緊急事態に応じて早期に承認する体制度の法制化が必要」、「感染症が収束すると、ワクチンが不採算となり、事業機会を消失する恐れがある」などと説明した。
災害との同時発生への備えも
両氏の意見に共通することは、感染症のまん延が国家の安全保障を脅かすため、国防の観点からも平時からの備えが必要だと主張している点。
平時からの備えとして、石井氏は産学官によるワクチンなどの開発研究の拠点づくりと財政支援を提案した。現状は、感染症研究やワクチン開発は大学や研究所、製薬会社がバラバラに行っているうえ、流行が予想しにくいこともあり、感染症研究はいつも「日陰の身」だという(東京大学医科学研究所職員)。
現在、コロナ患者が治療を受けられない「医療崩壊」が叫ばれているが、厚生労働省は医療制度改革の一環として感染症病床を急性期病床へ転換させるなど感染症治療を実質後退させていた経緯があり、長期的展望の欠如を反省すべきだ。
手代木氏も、米国を例に挙げて政府による助成の増額を求めている。研究費は文科省、感染対策は厚労省、機器開発支援は経産省…。まず「タテ割り行政」の弊害を解消して予算をできる限り一本化すべきだ。また、万一に備え、一定数の感染症専門の医師や看護師を養成する必要がある。
日本は災害大国。今後、災害とパンデミックの同時発生への備えが不可欠だ。「検査キットが足りないので検査しない」」「感染症ベッドがずっと満杯」「専門医師や看護師が足りない」「ワクチンが作れない」「ワクチンはあるが、打つ人がいない」は今回で終わりにしたい。
福祉ジャーナリスト 楢原 多計志