<世界初の認知症薬>米に続く日本の審査結果に注目

 アルツハイマー型認知症(アルツハイマー病、AD)の進行を抑制する世界初の治療薬「アデュカヌマブ」の承認をめぐり米国医療界が揺れている。審査した諮問委員が新薬承認した米食品医薬局(FDA)に抗議して辞職したり、米議会下院が承認までのプロセスを調べることを決めたり、異論が続出し、FDAが米国厚生省の監察官に調査を要請した。日本の厚生省は年内にも同薬を承認するかどうか結論を出す見通しだが、米国内での異例な展開に関係者の間に戸惑いが広がっている。

FDAの「迅速承認」に批判も

 承認後、開発販売を開始した日本の大手製薬企業エーザイ(東京)=写真、と米国バイオジェンスの発表資料によると、「アデュカヌマブ」はアルツハイマー病の原因とされるたんぱく質の老廃物「アミノロイドβ(ベータ)」を標的にして除去し、脳の神経細胞を守ことによってADの前段階である軽度認知症害(MCI)と軽度ADの進行を抑制する。
 認知機能の低下を抑え、金銭管理や掃除や洗濯、単独外出などの日常生活ができるようになるという。
 既存のアルツハイマー病治療薬は、いずれも症状を緩和して進行を遅くする対処療法的なもので、進行そのものを抑える本源的な治療薬は「アデュカヌマブ」が世界初。今年6月、FDAが製造販売を承認したというニュースは瞬く間に世界に広がり、日本ではエーザイの株価が急上昇した。

日本はじめ各国での審査続く

 FDAの承認は「迅速承認」という緊急措置的な承認だった。AD患者・家族の期待に早急に応えて速やかに承認するものの、長期的な追加試験を実施し、9年後の2030年に最終報告を提出するよう求めた。もし、効果が認められない場合、承認を取り消される。
 厳しい条件になった背景には、認知症治療専門医から臨床試験や有効性に対する疑義が多く出ていたことがある。
 承認が決まった直後、FDAの外部有識者委員会(諮問委員会)11人のうち3人が辞任。抗議は「臨床試験の対象者やアミノロイドβの減少がはっきりしない」また「迅速承認に反対した委員会の結論が無視された」などと主張したという。米下院も「不適正な承認が行われた可能性もあり、調査が必要だ」と政府に検証を要求した。
 こうした批判を受けてFDAは管轄する厚生省監察官室に承認過程の調査を自主的に要請するという異例な事態に発展した。
 これに対し、バイオジェンス社は「科学的な議論は歓迎するが、誤った情報と誤解の対象となり、科学的な審議の範囲を超えている。販売後の臨床試験で有効性(アミノロイドβ減少)のデータが集積されるだろう」などと反論している。
  バイオジェンス社の説明では、全米約3000の医療機関で投与が開始されている(予定含む)という。しかし、一部の大病院などが使用しない方針を決めたり、一部の保険会社は「メディケイケア」(米公的医療保険)の判断を待ってから対応すると発表したり、慎重意見が増えている。

年間610万円への評価は

 日本ではどうなるのか。昨年12月、エーザイから厚労省に新薬承認が申請され、早ければ、年末または年明け早々にも結論が出るとみられるが、関係者が米国の事情に当惑する声が上がっている。欧州医薬品庁やスイス、カナダ、ブラジル、イスラエル、韓国などでも審査が通続いている。
 厚労省によると、日本の認知症患者は約600万人。その6~7割がAD患者とみられる。団塊の世代の全員が75歳以上となる2025年には認知症患者は700万人(65歳以上の約5人1人)に達するという。「アデュカヌマブ」への期待は消えていない。
 患者・家族にとって気になることは、「アデュカヌマブ」の治療効果は軽度のADとその前段階(MCI)の患者に限られるほか、その価格だ。米国での価格は年間5万6000ドル(1ドル=109円換算で約610万円)とかなり高い。
 日本の公的医療保険には高額療養費制度によって一定額以上が保険給付され、自己負担が抑えられているが、相次ぐ超高額医薬品の保険適用によって公的医療保険の財政運営の行方を懸念する意見もある。
 「アデュカヌマブ」は本当に「夢のAD薬」なのか…。審査結果に感心が急激に高まっている。

福祉ジャーナリスト 楢原 多計志