課題山積 国産医薬品の行方は…

「医薬産業ビジョン」8年ぶり改訂

 政府の医薬品産業政策の指針「医薬品産業ビジョン」が8年ぶりに改訂された。新ビジョンが掲げる焦点は「革新的創薬」「後発医薬品」「医薬品流通」の3点。実現のため投資に見合った対価の回収を保障する「経済安全保障」も盛り込んだ。いずれも日本の医薬品産業が抱えている根本的な課題ばかり。官民の本気度が試されている。

医療と経済の両立を目指す

「医薬品産業ビジョン」改訂の大きな狙いは2つ。5年から10年先を視野に入れ、世界有数の創薬先進国として革新的な創薬によって健康寿命を延ばし、経済の発展に寄与すること。また医薬品の品質確保・安全供給を通じて良質な医療を利用できる社会を次世代へと引き継ぐこと。
 厚労省は改訂の理由について「我が国の医薬品産業をめぐる環境に大きな変化が生じている」と説明し、創薬環境、供給環境、制度・社会的背景の変化を挙げた。それぞれのポイントをまとめてみた。
 【創薬環境】世界的にバイオ医薬品への移行や再生医療、遺伝子治療など医療の高度化が進む一方、患者のライフサイクルの寄り添う考え方が必要になっている。
 【供給環境】新型コロナウイルス感染症パンデミックで医薬品の原材料などの輸入が滞るなどサプライチェーンに不備が生じた。また複数の後発医薬品メーカーの不正製造が発覚し、行政処分(医薬品医療機器等違反)を受けた結果、多くの後発医薬品が出荷調整に陥っている。独占禁止法違反事犯が発覚した医療品卸でもコンプライアンスの徹底と経営強化が急務になっている。
 【制度・社会的背景の変化】国民皆保険制度の持続と企業の投資回収を両立させる一方、安全保障の戦略的自律性の観点から他国に先んじた研究開発し、国内拠点を有することが不可欠。
 こうした環境の変化に対応するため医薬品施策として「革新的創薬」「後発医薬品」「医薬品流通」、の3点を焦点とし、実現のため「経済安全保障」の視点が必要となるという。

革新的創薬の難しさ

 世界的に研究開発が高度化し、高額化している。日本の研究開発力は再生医療などの一部の分野を除き、全般的に低下しているとの指摘もある。研究開発費の増大に国内メーカーは苦悶し、頭脳流出にも歯止めがかかっていない。
 新型コロナウイルス感染では、ワクチンや治療薬の開発が後手に回り、検査体制なども含めて「先進医療国から一周遅れ」と批判された(現在、遅れを取り戻しつつある)。主流になりつつあるバイオ医薬品(後発のバイオシミラー含む)の開発でも遅れが出ている。
 新ビジョンは、国がアカデミアやベンチャー企業を含めた研究開発や人材確保、情報基盤整備を支援する考えを打ち出した。課題は公的支援の財源をどう捻出するのか、薬価制度や医療提供体制を制度的にどう見直すのか。新ビジョンを読む限り、国の方向性が見えてこない。
 厚労省は医療制度改正や薬価改定などで革新的、画期的な医薬品の開発を促しているものの、現時点、大きな成果が出ているとは言い難い。薬価基準が毎年改定されるようになったが、相次ぐ薬価切り下げによってメーカーが販売意欲の喪失しかねないとの批判もある。

後発医薬品の現状に注目

 日本における医薬品製造の現実を見せつけられるような事態が続いている。一部の後発医薬品メーカーによる不正製造による影響が少なくなく、現在も続いている。日本ジェネリック製薬協会の集計によると、9月末時点、供給調整品目は1749品目に上り、調剤薬局や医療機関は在庫不足に見舞われている。
 多数の健康被害を出した小林化工、製造承認を無視した日医工。両社はともに地元自治体から医薬品医療機器等法違反として工場などが業務停止処分された。しかし、処分後もメーカーが不正製造で処分されるケースが続発している。
 医療費抑制を推し進める政府は後発医薬品のシェア(数量ベース)8割以上を掲げている。厚労省は一連の不正事えは例を受けて行政処分の強化などに乗り出したが、後発医薬品シェア上昇より、まず足元の(患者の)安全安心を優先すべきだろう。
 新ビジョンは、メーカーに安定供給や品質確保の取り組み、海外展開などを促しているが、後発医薬品ではその安全性について、患者、医師の不安を完全に解消しなければならない。 
 大学病院への医薬品納入をめぐる談合事件が摘発されている。卸業界は価格をめぐってメーカーと医療提供者に挟まれ、苦しい経営が続いているとはいえ、コンプライアンス重視の事業継続が必至である。

経済安全保障は国の責任

 新ビジョンは、新型コロナウイルスパンデミックのような事態への事前対応として、安全保障の観点から平時の備えを呼び掛けている。だが、ワクチン1つをとっても、開発研究から製造、保管、供給までに労力と莫大な資金が必要になる。公共性が高い医薬品については企業への公的補償が必要ではないか。
 複数年のまたがるパンデミックなどに備え、その都度、一般会計で対処するのではなく、官民が拠出する基金の創設も考えられる。

福祉ジャーナリスト 楢原 多計志