3%程度の引き上げに効果は…
政府は経済対策の一環として来年2月から介護職員や保育士らの賃金を3%程度引き上げる。賃金水準が低く依然として人材不足が続いているためだ。介護職員の処遇改善をめぐり、これまで介護報酬改定のたびに加算を新設したり、加算額を引き上げたりしてきたが、期待通りには人が集まっていない。介護報酬体系の根本的な見直しが必要ではないか。
財務省が見直し求める
11月19日、政府は過去最大規模となる55.7兆円(民間事業計画含めると78.9兆円)の経済対策を閣議決定し、補正予算案を国会に提出する。コロナ禍で打撃を受けた経済の再建や岸田文雄首相が提唱する「新しい資本主義」(新資本主義)の実現が大きな目的だ。
政府の説明によると、介護職員や保育士などの賃金引き上げは「公的機関の分配機能を強化することによって新資本主義の起動に繋げる」という。役人流の表記で分かりにくい。
要は、低賃金のままでは人が集まらず、このままでは介護制度や子どもの保育が二進も三進もいかなくから税金を投じて賃上げするということ。
介護職の現状はどうか。2020年度の職種別平均賃金(月収換算・賞与等含む)によると、全産業(平均)が35万2000円なのに対し、介護職員は29万3000円で、全産業より5万9000円低い。平均年齢や勤続年数が考慮されていないため「介護は6万円弱低い」というマスコミ報道は正確とは言い難いが、介護施設で働く介護職員は深夜勤務や当直勤務がシフト化されており、労働実態を踏まえれば、「仕事がきつい割に賃金水準はかなり低い」と言わざを得ない。
11月8日の経済制度等審議会財政制度分科会で財務省が介護職員の賃金水準について「実効的な仕組みが必要」として介護報酬などによる分配の見直しを求め、厚生労働省これまで実施してきた処遇改善を正面から批判した。
厚労省は、21年度以降、計6回の処遇改善を行い、トータルで最大7万5000円引き上げたと力説してきた。
ところが、6回の内訳をみると、税金による交付金は1回だけ、5回はいずれも介護報酬改定で基本報酬に加算を上乗せしたもの。加算を取得するには人員配置関連(増員やIТ化、専門資格の所得など)や職場環境の改善などの要件が課せられており、取得を諦める事業所も少なくない。全ての介護職員の給与が7万5000円賃上げされたわけではない。経営規模による賃金格差が広がっているとの指摘がある。

65万人確保は絶望的
一方、介護職員の不足はますます深刻になっている。福祉医療機構の調査では、介護事業所の約7割が「人出が足りない」と回答。ホームヘルパーが確保できず廃業に追い込まれたり、特別養護法人で配置基準を満たせないため空床が生じたり、オープンが遅れたりしている。
また訪問介護事業所に登録しているホームへルパーの約5人に1人が「65歳以上」と高齢化が進み、ヘルパーの健康維持が大きな課題になっている。
厚労省の推計によると、19年度時点の介護職員数約211万人をベースに、現状の推移を加えると、25年度に約22万人、40年度には約65万人がそれぞれ不足すると予測。福井県(144人余剰)を除き、全国的に不足し、東京都は40年度には約6万4000人も不足する。
解消するには、25年度までに毎年度約5万5000人、40年度までに約3万3000人ずつ増やす必要があるという。現状を見る限り、達成は極めて難しい。
今回の経済政策では、看護、介護、保育、幼児教育などの公的価格を抜本的に見直し、2月から介護・障害福祉職員、保育士・幼稚園教諭の月額賃金を3%程度(約9000円)引き上げる。また看護職員の収入を段階的に3%程度引き上げる─とした。予算総額3000億円(国庫交付金)。
介護職員以外の職種(介護助手や事務職員など)についても「処遇改善に充てることができるよう柔軟な運用を認める」とした。介護事業所から「介護職と他職種との格差が問題になる」との強い要望を受け入れた格好だ。しかし、財務省や財政審から「かつて処遇改善費が他の目的(施設整備など)に使われた経緯がある」と多職種への配分に慎重な意見が出ており、他職種への配分方法をめぐって紛糾することも考えられる。
加算を整理してみると
問題は山積している。新型コロナ禍の影響で特にサービス産業が落ち込み、介護職の求職者が増えている。とはいえ、都市部を中心に慢性的な求人難の状況は変わっていない。20年度の有効求人倍率(年間平均)をみると、全業種が1.10倍なのに対し、介護関係職種は3.86倍、中でもホームヘルパー14.92倍にも達した。東京都内の社会福祉法人理事長は「9000円程度の賃上げでは抜本的な対策には繋がらない」と言い切った。
頼みの外国人労働者も一部が日本から韓国、中国、台湾へ流れる動きがあるという。20年10月時点、医療・介護分野に約4万3000人が就労しているが、送り出す東南アジア諸国が新型コロナに見舞われており、当分の間、多くは望めない。
最大の課題は、2023年度の介護報酬改定をどうするかだ。現行のように基本報酬を据え置き、加算を小出しに積み上げる改定方法は限界が来ている。この際、大胆に加算を整理して基本報酬の引き上げに回し、一気に大幅な賃上げを実現する。そうでもしない限り、「きつくて安い仕事」という介護職のマイナスイメージが払拭できず、いつまで経っても介護の担い手は集まらない。
福祉ジャーナリスト 楢原 多計志