医療本体めぐり攻防激化
2022年度の『診療報酬改定』と『薬価基準改定(薬価改定)』をめぐる審議が大詰めを迎えている。審議機関は厚生労働省がまとめた診療報酬改定の基本方針と薬価改定の論点整理案を了承。これを受けて政府は近く22年度予算案の中で改定率を提示する。プラス改定を求める医療・医薬業界や自民党に対し、保険者団体や経済界、財務省はマイナス改定を要求し、例年通りの対立構図となっている。だが、今回の改定には新型コロナウイルス感染症対策や相次ぐ不祥事で出荷調整が続く後発医薬品の安定供給をどうするのか─など国民の命と健康に深くかかわる重要課題が山積している
【診療報酬改定】
コロナ補助金で黒字転換

医療の公定価格である診療報酬は原則2年ごとに改定される。経済財政事情や賃金動向などが考慮されるが、ベースになるのは厚労省が実施する「医療経営実態調査」。病院、診療所、保険薬局などの収支状況が審議機関の中央社会保険医療協議会(中医協)に報告され、調査結果をめぐり議論が本格化する。
11月24日、中医協に報告された2020年度の「医療経営実態調査」によると、一般病院の1施設当たりの利益率(収支差)は6.9%の赤字。新型コロナ感染による受診控えが直撃した。
ところが、コロナ関連の補助金を含めると、0.4%の黒字となった。補助金が受診抑制をカバーした格好だ。一般病院では1施設当たり平均約2億3800万円が補助された。
医療提供側・支払い側の攻防
この黒字転換をどう受け止めるか。日本医師会(日医)や病院団体などの医療提供側は「補助金頼りの経営は健全とは言えない」と診療報酬の引き上げを要望している。特に医師や看護師などの賃金に反映する※「診療報酬・本体部分」(以下、「本体部分」)の引き上げを強く求めている。
自民党の「国民医療を守る議員の会」(会長・加藤勝信前厚労相)は補助金頼りの医療経営は異常事態だとして「絶対プラス改定」を決議し、医療機関支援を打ち出した。
一方、健康保険組合連合会(健保連)や経団連、連合などの支払い側は「新型コロナの再流行が危惧され、社会・経済の先行きは不透明でプラス改定の環境にはない」として本体部分を含めた診療報酬全体の引き下げを主張し、後藤茂之重厚労相にマイナス改定を要望した。
12月3日、財務省の財政制度等審議会は「薬剤費総額が年平均2%強で増え続けており、本体部分のマイナス改定を続けることなくして医療費の適正化は到底図られない」などとする建議を鈴木俊一財務相に提出した。日医などをけん制した。
※診療報酬の改定率「本体部分」(医療機関への報酬)、「薬価」(処方薬の)、「医療材料」に分かれており、個別に改定される。
基本方針を中医協・了承

同月10日、厚労省の「22年度診療報酬改定の基本方針案」が中医協に示され、了承された。柱は「新興感染症などにも対応できる効率的・効果的で質の高い医療提供体制の構築」(重点課題)、「安心・安全で質の高い医療の実現のための医師等の働き方改革の推進」、「患者・国民にとって身近で安心・安全で質の高い医療の実現」、「効率化・適正化を通じた安定性・持続可能性の向上」の4本。焦点は改定率の行方に移った。
本体0.5%程度引き上げか…
現時点、政府内では、引き上げ要因として「看護師の処遇改善」(補正予算案では22年2月~9月の間、月額給与を4000円引き上げ、10月以降は診療報酬で対応し、段階的に3%引き上げ)、「不妊治療の保険適用」と併せて0.5%程度の引き上げを想定。また「医師の働き方改革」や「オンライン診療の推進」などの財源を確保する。
医療提供側は医療機関の経営安定対策として「基本診察料」の引き上げを強く求めているが、支払い側は「基本診察料の引き上げは医療費全体への影響が大きい」として反対している。
改定率はどうなるのか。今後、与党の政府への働き掛けが予想され、予測は難しいが、看護師の処遇改善や不妊治療の保険適用などに対応するため本体部分を0.5%程度引き上げる一方、薬価を0.3%程度引き下げ、生じる財源(国費ベースで約1500億円)を本体部分の引き上げに回す案が有力。診療報酬全体は若干のマイナス改定になる可能性が高い。
【薬価改定】
前年に引き続き22年度も引き下げ
薬価改定は、診療報酬と異なり、毎年改定される。2年ごとの通常改定と一部の中間改定があり、今年度は初の中間改定。22年度は通常改定になる。改定のたびに薬価が引き下げられ、生じる財源が医療機関や医師の技術料などの「診療報酬・本体部分」の財源に回されている。
安定供給を最優先か
12月1日、厚労省は中医協に「22年度薬価改定の論点案」を示した。「革新的な医薬品のイノベーション評価」「国民皆保険の持続性・適正化」「医薬品の安定供給の確保、薬価の透明性・予見性の確保」などが柱だ。
具体的には、メーカーの開発意欲が損なわれないよう新薬創設等加算の企業区分を一部変更して評価する、国民の命や健康にかかわる「安定確保医薬品」に優先度を一部変更する、年間販売額が1500億円を超える高額医薬品は通常改定前に算定を議論する─などを提案した。
現行の乖離率は7.6%だが

同月3日、厚労省が中医協に報告した2021年度の「医薬品価格調査」(速報値、今年9月取引分)によると、薬価(公定価格)と実販売価格の差である「平均乖離率」は約7.6%(20年度比0.4㌽縮小)。
前回の通常改定(19年度改定)は乖離率8.0%だったが、新型コロナ禍の影響を考慮して調整幅(定率)2%に一定幅0.8%が上乗された経緯がある。22年度改定では、「調整幅」の在り方とコロナ特例として上乗せされた「一定幅」を継続するかどうか─が焦点の1つ。
財務省は「調整幅には合理的な根拠がない」と廃止を要求。また一定幅について「新型コロナが沈静化しており、上乗せする環境にない」と断じた。一方、厚労省は薬価専門部会に「薬剤流通を安定するにはメーカーや医薬品卸業者の経営安定が必要だ」との見解を示し、調整幅を継続する考えを示した。
安定確保医薬品には評価も
今年、小林化工や日医工などの後発医薬品メーカーで相次いで不正製造や杜撰な経営実態が発覚して行政処分(業務停止など)された。コロナ禍が加わり、後発医薬品を中心に出荷調整や欠品、在庫枯渇などが今も続いている。
厚労省は突発的な事態にも確保しておくべき「安定確保医薬品」の薬価引き上げを検討している。また「長期収載品」(長期間、保険適用されている医薬品)の後発品置き換えを促進する考えだが、医療提供側から「置き換えを急ぐと、後発医薬品メーカーの不祥事が再発しかねない」と指摘した。
約1500億円引き下げか…
薬価の改定率は診療報酬と同時に決まるため、現時点では予測は難しい。政府内では、乖離率などを参考に薬価を1.3%程度引き上げ、約1500億円(国費ベース)の財源をねん出して本体部分引き上げに充てる意見が強くなっている。
福祉ジャーナリスト 楢原 多計志