引き上げ、物価上昇に追い付かず
今年度の最低賃金(時給)が10月初旬から中旬にかけて都道府県ごとに改定される。全国加重平均で31円引き上けられ、平均961円となる。過去最大の引き上げとなるが、労働者団体から「急激な物価上昇で実質賃金の引き上げに繋がらない」との指摘がある一方、経営者側からは「原材料価格が上昇し、経営を圧迫している」と懸念する声が出ている。先進国の中で日本の賃金と最賃の水準は最低ランク。最低賃金制度の抜本的な見直しが迫られている。
1000円台達成は、東京、神奈川、大阪
厚生労働省の集計によると、22年改定で最賃が最も高くなるのは東京の1072円。政府が「骨太方針」などで政策目標に掲げていた「最賃1000円台」を達成したのは東京、神奈川1071円、大阪1023円の3府県にとどまった。最低は853円で青森や愛媛、長崎、沖縄など10県。最高額と最低額の差額(地域差)は219円となり、前年度より2円縮まった。
22年改定の大きな焦点は2つ。「最賃1000円台の実現」と「地域差の縮小」だ。ロシアのウクライナ侵攻の影響もあり、エネルギーや食糧などの輸入価格が上昇したことに加え、為替変動(円安ドル高)によって物価が急上昇。改定の「目安」を設定する中央最低賃金審議会(厚労相の諮問機関)小委員会では消費者物価への対応が大きな争点となった。
労働者委員は「モノやサービスの値上がりに賃金の伸びが付いて行けない状況が続いており、大幅な引き上げが必要だ」と前年改定(28円引き上げて930円)を上回る引き上げを要求した。
これに対し、経営者委員は「原材料価格も上昇しているが、特に中小企業はコスト増を製品価格に転嫁できず、最賃の大幅な引き上げは経営に大きな打撃となる」と反発。審議は膠着状態に陥り、中立的立場の公益委員が水面下で労使間の妥協点を探る異例の展開となった。
8月1日にまとまった「目安」によって、地域ごとの審議が始まり、大阪が新たに1000円台に達し、地域差が2円縮小したが、政府が目標とする「1000円台」には遠く及ばなかった。消費物価や原材料費の高騰が続いており、労使とも31円アップに満足していない。
今回の改定をめぐる論議では、最賃水準が低い県から引き上げの強い要望が相次いだことが注目される。原因は地方の人材が最賃の高い大都市へ流出しているため。ピークの2018年228円の差が生じ、地方人材の流失が顕著となり、防止対策が急がれている。
地域差は、外国人技能実習生が賃金の高い都会へ無断で転出してしまう不法滞在・不法就労の要因にもなっており、最賃の地域差が国際問題に発展する恐れもあるという。
OECD最下位グループ
日本の賃金は国際的に極めて低い水準にある。OECD(経済協力開発機能、38カ国加盟)の年間平均所賃金額(2020年)をみると、米国6万9391ドル、ドイツ5万3745ドル、英国4万7147ドル、フランス4万5581ドル、韓国4万1960ドル。日本は3万8515ドルでギリシャやスペインなとどとともに最下位グループにいる。
かつて日本は英国やフランスなどと並んでいたが、経済の長期低迷が続き、ここ20年間、実質賃金がほとんど上がっていない。平均賃金から推計すると、最低賃金でも日本は韓国に抜かれているとみられている。
内部留保500兆円突破
財務省が9月1日に公表した21年度の法人企業統計によると、企業が内部留保は516兆4750円で10年連続して過去最高を更新。経常利益も83兆9247億円で過去最高を記録した。
一方、厚労省が同月6日に発表した毎月勤労統計調査(7月分の速報値)によると、賞与が増えたため給与総額は前年同月より1.8%増えたものの、物価上昇率の方が大きく、実質賃金は1.3%目減り、4カ月連続して前年を下回った。内部留保のあり方についての議論も増えている。
経済アナリストは「今後も物価上昇が続き、最賃引き上げの効果は薄まる。基準内賃金を大幅に引き上げるなど賃金の在り方を根本的に見直さなければ、国内の購買力がますます衰え、経済成長は望めなくなるだろう」と指摘している。
福祉ジャーナリスト 楢原 多計志