経産省が「保険外サービス」拡充を提案
仕事と介護の両立がますます難しくなり、2030年には介護負担による経済損失が約9.2兆円に達する─。経済産業省がこんな試算結果をまとめ、現行の介護保険サービスを補完する新たな受け皿として介護保険外サービスの必要性を強調した。同時に、同省は「新たなビジネスチャンス」と位置付け、企業に参画を促しているが…。
ビジネスケアラー318万人にも
経産省は3月14日開催の産業構造審議会に提出した資料「新しい健康社会の実現」の中で、仕事をしながら家族の介護を担わざるをえない「ビジネスケアラー」が2030年に約318万人となり、「介護離職」による損失などを含めると、介護を起因とする経済損出は約9.2兆億円に達する─との試算結果を示した。
国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口」や厚生労働省の「雇用動向調査」、経産省の「企業活動基本調査速報」などのデータを使って試算した。
介護を担う介護者数がピークを迎える30年には、ビジネスケアラーが約318万人、専業主婦などの「家族介護者」約833万人、介護を理由に退職する「介護離職者」約11万人になると推定。
この結果、30年には労働生産性の低下や労働力の喪失などによって生じる経済損出は約9兆1,792億円に達するという。
経済損出額の内訳は、「仕事と介護の両立困難による労働生産性損失額」が約7兆9,163億円で最も多い。「介護離職に労働損失額」約1兆0178億円、介護離職者の後任を育てるための「介護離職による育成費用損出額」約1,289億円、介護離職者の穴を埋めるための「介護離職による代替人員採用に関わるコスト」約1,162億円。
経済省は結果について「労働者のキャリアや企業業績に与える介護リスクが増大している」と分析。解決策として(税金と保険料で賄う)公的介護保険では提供できない「介護保険外サービス」の拡充やロボット介護機器の輸出などを提案している
介護ロボットを海外へ展開
いまの介護保険で提供されるサービスは、身体介助や最低限の身の回り支援、介護予防、住宅改修費・福祉器具の一部支援などに限られている。買い物の付き添い(外出支援)や家具の移動、庭の手入れなどには介護保険は使えない。
経産省は「高齢化に伴い、介護保険外サービスの需要が拡大し、特に生活支援関連サービス(家事代行や外出支援、配達サービスなど)が顕著に拡大する」と予測し、企業などに積極的な取り組みを促している。
また介護人材不足や生産性・効率性向上の観点からロボット介護機器やICTシステムの開発や活用を提案している。特にロボット介護機器については「世界に先駆けて高齢化が進む日本での成功モデルを作りつつ、世界市場の獲得を目指す」と強い意欲を示している。
経産省は「介護保険外サービスの拡充」や「ロボット介護機器の開発・導入」によって、介護保険外サービス産業の市場規模を20年の約5兆円から50年には15.5兆円に拡大できるとしている。
介護機器の導入率に注目
現実は厳しい。介護離職者が毎年約10万人も出ている背景には、職場で介護保険制度や育児・介護休業法の理解が足りないことが大きい。経産省も今回の提出資料の中で「介護と仕事の両立実現に向けては職場・上司の理解が不足していることや…従業員個人のみでは十分な対応が困難な状況」と実態を認めている。制度の理解と徹底が不可欠だ。
「介護保険外サービス」が拡大されることは利用者・家族にも朗報に違いないが、利用料は全額自己負担。経済格差によって受けられるサービスに著しい差が出る恐れもある。必要な介護サービスはできる限り介護保険でカバーすべきだ。
また財務省や経済界から介護保険が適用されているケアプラン作成料を保険対象から除外すべきだとの意見がある。ケアマネジャーなどは「露骨な保険外しだ」と反発の声が上がっており、保険と保険外の守備範囲をめぐって激しい論議となる可能性がある。
ロボット介護機器の海外展開については、経済界からも期待が寄せられている。経産省は「施設見守りを中心に普及しつつある」としているが、厚労省の調査では、最も普及している見守り機器(入所者が離床を遠隔キャッチ)でも導入率は3割にとどまっている。導入しない理由としてコストや必要性が挙げられている。
ロボット介護機器を輸出するには、まず価格やランニングコストが大きな問題になるだろう。また輸入国の介護実態や介護システムを事前に把握しておく必要があり、個々の企業では対応が難しい。政府が率先して国内で利便性や安全性やコストなどを検証したり、海外での介護機器利用状況を迅速かつ正確に把握したりして企業に情報提供すべきだ。
福祉ジャーナリスト 楢原 多計志