第23期経営倫理士講座 第12回⑯講義レポート

講師:平野 琢
講師所属等: 九州大学大学院経済学研究院 講師 博士(工学)
講義テーマ:「産業事故防止と技術者倫理~安全安心の企業経営のために~」

独立した技術者規範制度への仕組みづくりが課題

 第12回⑯は10月7日、平野琢講師(九州大学大学院経済学研究院 講師)による「産業事故の防止と技術者倫理~安全安心の企業経営のために~」。「ケースディスカッション教材」としてエンジンメーカーの経営者の立場から、低温下で不具合を起こす(燃料漏れによる引火、爆発)可能性のあるエンジンによるレース出場の可否について取り上げられた。議論課題は「顧客・従業員・出資者・社会など様々なステークホルダーに対して責任を負う経営者であるあなたは、どのような判断を下しますか?」であった。このディスカッションにより、経営側の判断と技術者倫理の接点が見えてきた。

■企業倫理と技術者倫理の両面

「技術者が自ら社会的影響力の大きさと社会的責任を自覚して技術業を実践することが、事故・企業不祥事の防止には不可欠である」と平野講師

 技術者倫理の定義として「技術を社会に提供する専門職である技術者個人(またはその組織集団)が持つべき倫理的規範(善悪の判断基準)」が示され、なぜ技術者は特別に倫理を持たなければならないかについて解説がなされた。さらに、技術者倫理で最優先される価値は「公衆の安全、 健康及び福利を最優先すること」であり、公衆の安全以外に求められる価値として9項目示された。
 技術者倫理の組織規範としての位置づけでは、雇用関係の視点から見た場合と、専門職としての視点から見た場合があり、前者の技術者は企業の一員、後者は企業横断的な専門集団の一員とに分けられた。すなわち、技術者が被雇用者として守るべき倫理的規範が「企業倫理」であり、技術の専門職として守るべき倫理規範が「技術者倫理」である。

■経営者による技術の誤用を防ぐ

  技術業は業務の理解に専門性が必要であり、非専門家が“善し悪し”を判断できないことから、専門家の閉鎖的コミュニティーにおいて業務の実践がされやすい。それにより社会的視点を失った集団による事故や不祥事の発生の要因になることが、具体例で示され、「技術者が自ら社会的影響力の大きさと社会的責任を自覚して技術業を実践することが、事故・企業不祥事の防止には不可欠である」とまとめられた。
  次に経営者による技術の乱用と事故として、科学技術の産業化(技術者の企業人化により、経営者または出資者の命令に反することが難しい立場に)、技術的な判断への組織的パワーメントの介入、組織目標の最優先化に、技術的には予見されていたにもかかわらず発生するという新しいメカニズムを持った産業事故の登場になることが説明された。

  フォード車の欠陥車の不祥事事例のほか、米国のスペースシャトル・チャレンジャー爆発事故(1986年、宇宙飛行士7人犠牲)については、主な行為者と論点、事故の背景、事故へのプロセスについて詳しく解説がなされた。二つの企業事故は、公衆の安全の確保は企業の長期的な利益に不可欠で経営者は常に公衆の安全を最優先するとは限らないことを示している。「善良なる技術者」の判断が、経営者による技術の誤った利用を防ぎ事故・企業不祥事の防止には不可欠である。

日本型の技術者倫理への取り組み

  技術者倫理の歴史的起源と日本の課題では、20世紀初頭の米国における技術者の地位向上の運動、第2次世界大戦後の技術に対する社会的不信への応答、技術者の公益保護の行動の正当化根拠としての役割と構築が説明された。米国におけるEngineering Ethicsを構成する制度の様相として、技術者倫理規定を守る強いインセンティブが技術者にあること、技術者倫理が企業横断的・独立した倫理規範制度として機能していることが示された。

 日本におけるEngineering Ethicsへの取り組みとして、職人集団の内部規範としての倫理の成立(近世)、アカデミック組織としての学会の成立(専門職組織の構築には至らず、専門職団体としての機能はなかった)、専門職集団の設立の胎動と挫折(労働者等の組合活動への排除から、専門職組織の機能を得るには至らなかった)、企業内技術者と政府による資格運用を軸とした仕組みの構築(雇用流動性が低い、雇用環境によって企業内で技術者を育成するシステムが日本においては発展した)、技術者資格の国際規格化への応答などの経緯が説明された。
 日本型のEngineering Ethicsの構築では、既存の制度や組織を形式的に国際基準に合わせることによりその要件を満たすようにした具体的施策(既存の技術士資格を専門職資格人認定、「技術士会」を日本の技術者の専門職団体とした技術士倫理綱領を改訂して欧米の専門職協会の基準に合わせるなど)があるが、外面的な適合化のため、制度と実際が合わないいびつな構造となったことが示された。
 最後に技術者倫理規定を守るインセンティブを技術者にどう与えるか、技術者倫理が企業横断的・独立した倫理規範制度として機能させるためにはどういう仕組みづくりをするかが、日本の技術者倫理の制度化・教育の課題として提言された。

(講座リポート:ACBEE総合企画委員 佐藤 直人)