ACBEE第10回記念特別シンポジウム2020開催 

「パワハラ防止」6月義務づけへ備えて

 企業に初めて防止措置を義務づける「パワハラ防止法」(正式には改正「労働施策総合推進法」)が今年6月、施行される。パワーハラスメント、略して「パワハラ」。人権無視につながる力(パワー)による職場内でのいじめや嫌がらせを意味する。
 日本経営倫理士協会(ACBEE)が毎年開催し、ことし第10回記念となる特別シンポジウム2020を2月13日午後、関西大学東京センター(JR東京駅日本橋口隣接)で開いた。テーマは「パワハラ 絶対許さない」、サブタイトルとして「6月から企業に防止義務化、貴社の取り組みは…」をうたった。業種をまたぐ官民の実務担当者ら約100人が参加、熱心に聞き入っていた。パワハラ防止が企業に義務付けられた重大な段階にあって、注目のテーマにアプローチしただけに関心も高く、参加者から評価の声を受けた。

        「パワハラ防止法」施行を6月に控え関心の高さを見せた参加者

 開会冒頭、前年に小熊征人理事長からバトンを引き継いだ潜道文子ACBEE理事長(拓殖大学副学長・商学部教授)が主催者あいさつに立ち、23年にわたるACBEEの活動に触れたあと「特にシンポジウムは1年に1回型で毎回タイムリーなテーマを掲げて開催し、今回は10回目という節目。本日のシンポジウムもNPO活動の重要な役割を果 たすものと信じている」と参加者に感謝を伝えた。

総合司会は近藤恵美ACBEE総合企画委員(サントリーHD)

第1部 キーノート・スピーチ

 第1部は野中高広氏(弁護士、DLA Piper東京パートナーシップ 外国法共同事業法律事務所)による「各企業におけるパワハラ案件の実態、取り組み(一般論)など」と題したキーノート・スピーチ。

■なぜ今パワハラ対応が重要か

 基調報告ということで、パワハラとは何かについて地位や人間関係の優位性を背景として、身体的・精神的な攻撃、過大あるいは過小な要求、プライベートへの介入など類型と具体例に触れ、いまパワハラ対応がなぜ重要で大切かについてリスク、損失面での事例を挙げた。
 一方でセクハラなどとは違った面で対応に難しさがあるとした。パワハラと業務上の指導との線引きをどこで行えるのか、被害者が嫌がっていることを加害者側に理解してもらうことが困難であることが多い、プライバシーの保護が容易ではないことなどを挙げ、取り組みの難しさも指摘した。
 リスク・マネジメントとして一般的な対応として平時と緊急対応時に分けて説明した。平時では、担当部門の設置やホットラインの設置、現場でのリスク評価など、また緊急対応としてはマスメディア・関係機関への対応で正確、スピーディーな情報収集と状況の把握などを挙げた。
 最後にパワハラへの具体的な対応策として、基本は普段からのコミュニケーションと信頼関係の構築で、本人のための指導であることをお互いに理解し、「アメとムチの関係で3回に1回は褒めることが大切」とした。また世代間のギャップもあることで、親近感を醸成し「ぶっちゃけ」が言えるような関係を築くことの大切さや、あまりにも指導が困難なときには、能力不足や業務に不向きの可能性もあるので人事部門との効果的な連携も大事であるとした。

第2部 パネリスト・スピーチ

 第2部のパネリスト・スピーチでは行政、企業、メディアから、それぞれの立場の3氏が「パワーハラスメント防止法」を巡る解説や取り組みと評価や具体例を語った。

■パワハラの無い職場づくりを

 最初に行政に携わる立場から「職場のハラスメント防止対策」と題して、厚生労働省雇用環境・均等局雇用機会均等課ハラスメント防止対策室長の溝田景子氏が施行される「パワハラ防止法」の解説と取り組みへのアドバイスを行った。パワハラが個々の尊厳や人格を傷つけ、働く意欲を失わせるとともに職場全体の生産性にも影響するとして、パワハラのない職場づくりに向けてのこれまでの取り組みや今後の課題について紹介した。
 最初に職場のパワハラの現状についてグラフなどの資料を用い、職場のいじめ・嫌がらせに関する総合労働相談コーナーへの相談が平成30年度に8万件を超え23年度の1.8倍となっていることやパワハラの予防・解決のために取り組んでいる企業は平成28年度調査では52.2%で24年度からみると小規模の企業で比率が高まっていることなどを解説した。
 ハラスメント対策の強化として男女雇用機会均等法、育児・介護休業法、労働施策総合推進法の改正を挙げ、パワハラ防止のための指針として職場におけるパワハラの内容、事業主らの責務、事業主として方針などの明確化と周知、相談体制の整備、パワハラが起こってしまったあとの迅速・適切な対応など3点を雇用管理上の措置として詳細な内容を紹介、「ハラスメントはパワハラに限らず、予防が大切。指針については望ましい事例を盛り込んでいる」と予防の大切さを訴えた。

■指導との“グレーゾーン”にも注目

 次に登壇した中外製薬株式会社サステナビリティ推進部の相川仁氏は、企業としての立場から自社の事例を中心とした「中外製薬グループのパワハラ防止の取り組み」のテーマで語った。
 医薬品メーカーでの売り上げで世界トップクラスのロシュのグループ会社として、先進的な取り組みを述べたあと、会社の中でのそれぞれの場面、ケースで起こりうる3事例でパワハラのイメージを示して会場の雰囲気を和ませたあと、同グループで掲げる人権の尊重を含む「中外製薬グループ コード・オブ・コンダクト(CCC)」9カ条を紹介した。
 パワハラと指導との違いであるグレーゾーンについても対比、判断材料としていることに触れた。
 職場レベルでは CCC ・人権研修を年に2回、上期と下期に90分ずつ行っている。深刻なものから軽微なものまで、年間に100件以上の相談があることなども説明した。「自分の職場でハラスメントが起こっていないかを注視してほしい」と注文も。「意外と自分のパワーを意識していないことが多い」と指摘。
  最後に「パワハラ法制化に伴う今後の対応」として、体制整備を行ってきたが、運用面を改善して実効性のあるパワハラ防止に努めることなど、5項目の取り組みを明らかにした。

■報道からの視点でハラスメントを見る

 パネリストの最後はジャーナリストの立場から和光大学名誉教授の竹信三恵子氏(元朝日新聞経済部記者・編集委員兼論説委員)が、「労働報道とハラスメント」と題して報道からの視点で、職場のセクハラやパワハラがなぜメディアから重大視されるのか、記者たちはハラスメントをどう見ているのか、どうニュースになっていくのかなどを解説した。
 セクハラを含めハラスメントが1990年代から問題となってきて、ハラスメント報道が増えている背景として①報道への読者ニーズが高い②労働相談内容のトップは「いじめ・嫌がらせ」(厚労省個別労働紛争相談件数から)③ハラスメントは最も身近で切実な労働問題④被害者や遺族の被害感が激しいことなど-を挙げた。
 厚労省の調査データを取り上げ、「いじめ・嫌がらせ」は28年度に7万件を超え(前年比6.5%増)、対前年で増加の一途をたどり、2012年に始まり自身も企画委員として関わる「ブラック企業大賞」では、受賞理由のかなりの部分がパワハラに根ざしていることを語った。
 取材現場のハラスメントの実態では、記者たちにとっても身に迫る重要問題として肌身に感じている。とりわけ女性記者にとっては危険な環境で仕事をしていると見ている。メディアにおけるセクハラを考える会の調査や深刻なハラスメントの社会的弊害などにも触れ、「雇用者責任」「経営管理責任」の無自覚な社会のギャップがニュースを生んでいることに警鐘を鳴らした。

  第3部 パネルディスカッション

 第3部はパネルディスカッション。基調報告した野中高広氏をコーディネーターとして、パネリストの3氏が会場からの質問に答える形で行われた。

■会場からの質問に答えて

 ここではハラスメントの中でも古典的な形態として存在しているクレーマーによるカスタマーズハラスメント(カスハラ)について、ILO(国際労働機関)との関係も取り上げられた。また、最近目立っている就職活動に伴う就活ハラスメントや企業の外で発生した社員によるハラスメント、たとえば弱い立場に立たされている性的少数者LGBTへの対応、厚労省が指針などに盛り込んだハラスメント関係の事例はかなり詳細だが、すべてではないこと、企業における様々なハラスメントに対する相談・人事・メンタルケア部門との連携の難しさなどについて、熱心なやりとりが見られた。

第4部 全体のまとめ

 第4部は全体のまとめとして関西大学社会安全学部・大学院安全研究科教授・博士(法学)の髙野一彦氏が、「健康で安全な職場が醸成する社員のモチベーション」と題して、パネリスト3氏のスピーチにコメント、注目すべき点をクローズアップした。

■ 「ありのままの自分」を生かせる職場づくりを

 その上で時代の流れを見て、何が立法に影響しているのか、国内と海外の法制度面との違いをセクハラを例にとって比較、パワハラではエポックとなった労働判例を紹介した。海外では職場の中でのハラスメントがあって立法が先行し、日米比較でもセクハラに対して、日本の場合は本人と会社に対する慰謝料は、おおむね数百万円程度であるのに比べ、米国では懲罰的損害賠償制度により2006年の事件では、本人と会社に200億円を超える賠償請求があったとする(後に和解成立)事例を引いた。
 パワハラでみても、イギリスでは四半世紀も前にハラスメントからの保護法が成立、刑事罰を規定しているし、フランスでは2002年に労使関係法として労働者の権利や尊厳の侵害、身体的・精神的な健康の侵害や将来性を損なうおそれのある労働条件の悪化などを対象として、使用者に予防計画の策定と防止策を講ずる義務を課している-ことなどを紹介した。
 わが国としても「コンプライアンス・プログラム」がリスク・マネジメントの一つとしてつくられ、企業防衛や経営学的な視点から運用を図る発想が生まれたことを紹介した。
 「働く人が『ありのままの自分』でいられる職場づくりが、ハラスメント防止の基本。昨年開催されたラグビーW杯でも日本チームの中で叫ばれ、流行語大賞にもなった『ワンチーム』。ありのままの自分を働く場所で出せる雰囲気づくり、お互い尊重し合って価値観を共有し合い、家族の中にいるような雰囲気づくりができるかどうかに帰結するのではないでしょうか」と結んだ。

 最後に千賀瑛一ACBEE専務理事が「シンポジウムはACBEEの情報発信、 活動アピールの重要な“場” 『パワーハラスメント』は最近、東京労働局、神奈川労働局でも大型セミナーを開催、ほぼ満席となるなど急激に関心が高まっている。皆さまには、本日の議論の中身を持ち帰り、今後の取り組みに生かしていただきたい」と閉会の言葉を述べた。

  (ACBEE編集委員 青木 信一)

=関連記事、本ホームページ≪インフォACBEE≫に。