第11回「経営倫理士」700人突破記念シンポジウム2021

「コロナ下、揺らぐビジネス倫理と課題」 

 「経営倫理士」育成を目的として1997年に旗揚げした「日本経営倫理士協会」(ACBEE)も、四半世紀25年の節目を迎えた。巣立った経営倫理士は今期までに700人を超え、各界で活躍している。
 講座の一方、タイムリーなテーマを先取りする大型のシンポジウムも毎年開催している。終息が見えない新型コロナウイルス禍のなか、1月21日開催された今回の記念シンポジウムはオンライン方式で行われ、経済活動が低迷する一方で情報社会特有の企業不祥事も続発している現状をフォーカスした。テーマは「コロナ下、揺らぐビジネス倫理と課題」。2人の専門家講師を招き、ニューノーマル時代を生き抜く企業組織の在り方を探った。

コーディネーター 豕瀬 悟
ACBEE総合企画委員

 シンポジウムは、スピーカーとしてACBEE講師、公認会計士であり公認不正検査士協会理事の辻さちえ氏(株式会社エスプラス代表取締役)が「不祥事動向の分析と問題点を探る」、また関西大学社会安全学部・大学院社会安全研究科教授(博士)、日本経営倫理士協会理事の髙野一彦氏が企業価値の向上を目指しての副題で「post/withコロナのニューノーマル時代におけるコンプライアンス経営」と題して講演した。コーディネーターは、ACBEE総合企画委員・(いの)()悟氏。

不祥事動向アンケート(ワースト10)を発表

 辻講師の講演では、ACBEEが11年にわたって実施している経営倫理士アンケート、年間「企業不祥事動向ワースト10」を速報として発表。2020年について分析・考察、さらに過去10年間のワースト不祥事の特徴をリストアップして発生のメカニズムを明らかにした。
 髙野講師は、2020年の不祥事傾向で目立った「情報セキュリティー」関連に焦点を当て、事件と法律の絡みで分析し、コロナ禍でクローズアップされてきたテレワークなどの働き方や、企業の危機管理として個人情報の保護とハラスメントの事例を紹介しながらリスクマネジメントの重要性を強調した。

《開会あいさつ》日本経営倫理士協会・千賀瑛一専務理事

 今回で11回目の特別シンポジウムで、これまで経営利倫理の主要なテーマであるコンプライアンス、リスク対応、ダイバーシティなどをタイムリーに扱ってきました。今回のテーマは「コロナ下、揺らぐビジネス倫理と課題」で、コロナは全世界で今、必死に取り組んでおりまだ終息が見えません。この中でビジネス倫理、この重要テーマはどのように動いているのか、を探ることが今回の狙いです。それとタイミングを合わせ企業不祥事動向アンケート調査(不祥事ワースト10)の結果も発表します。年に1回まとめられるアンケート調査は大変重要視されています。本日、シンポジウムに参加された皆さんが、仕事や社会活動に生かしていただければ幸いです。

過去10年のワースト10にメス

 最初の講義に立った辻さちえ氏は、「セミナーというより、倫理といったことを考えるきっかけや日ごろモヤモヤしているものの解決のヒントになれば」と前置きし、①新型コロナで感じた「日本型」の思考②2020年版企業不祥事ワースト10」③過去10年間のワースト不祥事の特徴と対応―を講義の3テーマに挙げた。

■いまの危機、コロナだけのせいなのか・・・

 ―不祥事を考える大きなヒントとして新型コロナで生じた負の感情に、怒りや恐怖から生まれた“自粛警察”という言葉、人のせいにしたり「政府、東京都がなっていない」(他人任せ)、毎日発表される感染者数など情報に対する疑問、分からないものに対する不安など、またプラスではステイホーム(安心)、通勤ストレスフリー、対面ストレスが軽減されるなどがある。
 その上で感染拡大の第1波、第2波の時には何だか知らないけれど収まったのは、日本的なコロナの抑え方、思考回路が働いたからで、それを周囲の目を気にする、目には見えない同調圧力(忖度)によって自制が働いたと思う。これらが自律の不足として、「上司に言われたから」、「前任者もそうしたから」と、善悪を考えずに不祥事を生む精神的な土壌になっている。  
 いまの危機は本当にコロナだけのせいだろうか。危機に強い組織というのは、平時に「愛される行動」を取っている組織で、顧客だけでなく従業員や取引先、地域で平時からファンがいるということ。最近広く使われるようになった危機や困難に対応、回復していく力、“レジリエンス”が強いとか言われるが、コロナ後、どのように回復していくのか、企業によって非常に差が出ると予想している。      
 この章の終わりとして、改善のためのアクションについて、対応が遅いことを挙げた。コロナ発生で春に経験したことが生きていないことを指摘、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」というのは人間的な特徴とはいえ、イノベーションや変化につなげるスピードの遅さについて、2020年を目標とした社会での指導的な地位に占める女性の割合30%を大きく下回っている現実を引き合いに出し、なお多様性の不足を突いた。また、日本人の特徴でもある現場の忍耐力に助けられ、より便利にしようという発想にならないことで、多様性のある「何かを変えていく」新しい考え方が出てこない、と結んだ。

■2020年不祥事ワースト10・・・ コロナ禍に特化したものなし 

 新型コロナで「3密」、東京オリンピック延期、安倍長期政権の交代など、人との関わりや移動の自由が制限された非常事態の年だった2020年の企業不祥事ワースト10。

《考察》
・10件ともコロナ禍で特に生じたものはない。ある程度伝統的な不祥事
・トップ・上席者が起こした不正・不祥事が大きな話題に
・大きな不祥事になる前に何とかできる機会があったと思われるものが多い

これら不祥事には、それなりの特徴がある。

(1)聖域の存在:あの人(あの部署)なら仕方がない⇒①⑤
①原発に左右される会社の利益。それを支えている屋台骨⇒極端に閉鎖的な環境の「独立大国」になっている。社外監査役にも1年間も周知されていない。
⑤生命保険勧誘で成績をあげ特別な信頼を引き起こしやすい外観、特別意識の醸成。⇒同質性の高い組織で中長期的な視点で売り上げや営業成績によって特権意識に。「重鎮」「ドン」「女帝」などの言葉が残る組織は、SDGsやESG、多様性とは無縁な不祥事を引き起こし、いつかは淘汰される。

(2)優秀な現場依存の限界:あってはならない被害には理由がある⇒④⑧⑩
④爪の水虫薬に睡眠導入剤が混入した人の生命にも及ぶ不祥事。1999年に東海村にある核燃料加工施設で起きた原子力事故(臨界事故=原料のウラン化合物の粉末を溶解する工程を正規のマニュアルではない手順で、ステンレスのバケツを使って行い、作業員2人が大量の放射線を浴びて死亡)という事故に構造が似ている。原料の容器の取り違え承認されていない継ぎ足し、最終関門の成分分析検査でも混入を見落とした。
⑧東証のシステム障害で証券売買が終日ストップした。売買を円滑に行うことが大目標であるが、リスクとしてそのシステムが障害を起こしても取引が継続するようバックアップシステムを備えるべきなのに(マニュアルには「自動的に作動する」とあったのが作動しなかった)作動せず、テストもメモリ故障までは切り替えテストしていなかった。「想定外だった」と言うが、「想定外」はリスクマネジメントの失敗と言える。“後出しジャンケン”でもいい、コストとの兼ね合い、時間や手間も掛かるが一度起きた失敗をしっかり検証していなかった。
⑩ドコモ 不正預金引き出しによる被害拡大では相反するリスクへの対応がある。顧客資産が安全に守られるという目標に対して顧客IDやパスワードが盗まれるというリスク、また一方で顧客が使いやすいシステムにしようとする目標に、リスクとしてログインが煩雑になるという相反するリスクがある。どこかで落としどころを付けて判断、決定していかないといけない。今回はあまりにも利便性に偏ったところに落としどころを付けてしまった。

 二つの企業不祥事を考えるキーワードは、①優先すべきリスクは何なのか、そのコンセンサスと責任の明確化が必要②業務委託先のリスクをどう管理しておくか目配りしておく③滅多に起こらないリスクを放置してはいけない。それが企業の存続を危うくするものであれば、その対応を考えておくべきだ。
 間違いに気づいたときに直すしかない。その時に正しい行動をとっていける人が増えれば大きな不祥事は防げる。組織の多様性が進んで過去の経緯とは関係のない人たちが入ってくれば少しずつ解消していくのではないか。

■ワースト 10年間の特徴「同調圧力による不祥事」も 

 ACBEEが毎年、年間の10年間の不正・不祥事を俯瞰してみて、特徴として大きく3つ挙げた。
①「データの改ざんや表示・品質に関わる不正」
②大きな粉飾決算
③前の2つにも関係するが経営トップ、あるいは上席者が絡んだり指示している事例が非常に多い。

 ①は担当者が検査不正をし、マネジャーに昇格すると後の担当者に引き継がれ、マネジャーとして今度は指示もする。後の検査不正を引き継いだ担当者も昇格すると同様な指示をして、不正引き継ぎや指示の連鎖が続いていく。これを仕事の属人化が生む「何となく」不正とする。不正で何十年も続く企業もある。「現場の判断による運用」が許される。ここには“同調圧力”によるやっかいな不祥事も出てくる。
 ②③に絡むトップ・経営層の不正は厄介で影響も大きく、止めるのが難しい。前者ではガバナンス(第三者の目)、後者では内部統制の充実が求められる。類型として横領や粉飾決算などで、誰かが指摘でき止められる可能性は非常に少なく、監査役、社外取締役(トップの不正を知った場合に手を打たないことは善管注意義務違反となる場合もある)、会計監査人、さらには警察など外部行政機関が“最後の砦(とりで)” になる。とりわけ経営不振を隠すための粉飾決算には、第2ディフェンスラインとしてトップの粉飾を知る立場にある経理部門が、いかに企業の実態を示し、正しい判断材料となる数値を提供することが求められる。
 人が起こす不正・不祥事への対応にできることとして、まず個人として判断、そして企業としての意思決定が様々な利害関係者の中で「倫理的であるか」を考えることが第一歩。倫理的であることは、危機において本当に生き残るための基本的な条件と考えたい。建前と本音の使い分けはいつか限界がくる、ということを考えておく。

 最終章では、従業員が所属する組織に対して自発的にもつ気持ち―熱いかどうかでの「貢献意欲」(従業員エンゲージメント)でギャラップが調査した結果(2016年2月9日の東洋経済ONLINE)、国別で日本が最下位ランクにあることを紹介。
 最後に、2019年に製作、公開された池井戸潤の企業犯罪小説を映画化した「七つの会議」からエンドロールにある、「この世から不正はなくならない、絶対に」「でも、小学生のガキに言うみたいに『悪いことは悪い』と言い続けること、それがお互いに言い合える風土ができたら、減っていくんじゃないかな……」の紹介で講義を締めくくった。

 講義後の質問で「組織の中で何か不正に気づいたとき、動き出すのはなかなか難しい。大手企業で内部通報制度があっても上がってこなかったのだろうか」には、「ワースト10に上がっている企業は別として通報すべきものと考えられなかったか、窓口自体をあまり信頼していなかった、などで結果として通報がなかった。しかし、最近は通報窓口がかなり周知され企業側も運用に慣れてきて、全体で言うと圧倒的に通報から不正や不祥事が発覚して大事になる前に“火消し”している。通報窓口がかなり正しい形で機能しているのではないか」と述べた。

有効なコンプライアンス部門づくり

 講義を始めるにあたって自己紹介。企業が起こす製品事故や情報流出などを社会災害と捉え、企業の立場から解決を図るコンプライアンス研究に携わる。特に企業の中で法務部のプレゼンスをいかに獲得するか、予防法務、2000年代の戦略法務へ、さらにCSRも含めたものと性格を変え、さらに法務部とコンプライアンス部を分けながらも2015年の国連サミットでSDGsが採択され、CSRとコンプライアンス部門が統合してサスティナビリティ推進本部として企業価値創造のエンジンになっていることなど、ここ20~30年間の変遷をたどった。

■不祥事ワースト10から:目立つ情報セキュリティーとハラスメント 

 11年間にわたる不祥事動向のアンケート調査MOOK電子版の中から、特徴的な傾向を挙げると①情報セキュリティー関係と②職場・スポーツでのハラスメント、差別問題関係―が注目される。

  • (1)情報セキュリティー関係
     警視庁、海上保安庁の機密情報漏えい(2010年)や翌年、ソニーの大量情報漏えい、日本年金機構の個人情報の流出(2015年)同不適切取り扱い(2018年)、2014年には第1位となったベネッセコーポレーションの個人情報流出などが挙げられるが、2019年の7位となった、いわゆる“リクナビ事件”はリクルートの子会社が学生のアクセスログを解析、内定辞退率情報を学生には同意なしに企業に販売していた問題で大きな意味のある事件だった。
     内部者や委託先からの個人情報、営業秘密の流出、また適法か違法かの線上にあって多分にグレーゾーンにある情報の利活用の事例だが、社会からは非難を浴びた。
  • (2)職場・スポーツでのハラスメント、差別問題関係
     神戸市教育委会での市立東須磨小学校での新人教員に加えられた複数教員によるパワハラで、教育現場での教師によるハラスメントだけに発覚後の調査決定に伴う処分も特異なものだった(2020年3位、前年に発覚して4位)。電通で起こった新人女性社員が月100時間を超える長時間労働をやらされた末、自殺に追い込まれた過労死問題(2016年1位)がある。ハラスメント、長時間労働の発覚による「ブラック企業」批判を受けて信用を毀損(きそん)など。このように10年タームで事件や事故を俯瞰すると、世の中が時代とともに大きく変化していることが分かる。これにどうコンプライアンス部門・第2ディフェンスラインの管理部門が相対していけばいいのか考えていくと、情報セキュリティーやハラスメント問題は、クロノロジ―研究(経過を追ってこれからどう変わっていくのか、先を読みながらそれに対応するコンプライアンス部門をつくって経営判断していく)が欠かせないだろう。
■最近の企業不祥事・事故に見られる傾向
  1. 発生:親会社ではなく子会社、協力会社などグループ会社での発生が直接の原因でもグループの危機として親会社が責任を負う⇒例)グループ会社の請負社員により顧客情報が漏えいしたベネッセ事件。
  2. 発覚:最近は内部告発によるものが多い。特にハラスメント関係が目立ち、インターネットによって“炎上”となり、公表を速めている傾向⇒カネカの元従業員の夫が育休を取って復職したら異動となり、退職せざるをえなくなった。妻がツイッターでパタハラ告発して社会に注目され、会社が批判を受けた。
  3. 原因:意識の温度差が経営層の価値観と現場、親会社と子会社や委託先の間に伝わっていない⇒例)電通の「鬼十則」
  4. 公表:公表の遅れを「隠ぺいではないか」と非難される。
■コンプライアンス経営の課題
  1. 風通しの良い社風づくり⇒親会社>子会社>協力会社、経営層>現場の温度差の解消が必要
  2. いかに危機に強い会社をつくるか⇒クライシス対応の体制整備と危機に対するトレーニングの実施  
    ハラスメント事案でも瞬時・適切に対応していればブラック企業ではなく“ホワイト企業化”する。

 概論に続いて、「情報セキュリティ-」と「ハラスメント、差別問題関係」の各論を講義。個人情報の保護法の経緯から企業としての情報管理のあり方まで、ハラスメントの中でも事例の多いパワーハラスメント、セクシャルハラスメント、過重労働と絡む事件を検証した。

■情報セキュリティー:関係法の議論と問題点を考える

始めに どういう動きがあったのかを長期の視点で紹介した。

個人情報の保護

 情報法の国際的な動向として、1900年代末のアメリカ(経済スパイ法成立)、EU(データ保護指令施行)を受ける形で、日本でも2001年に個人情報の保護に関する法律案が国会に提出されたが継続審議、廃案を経て2003年5月に個人情報保護法が成立、関係所管が消費者庁に移管された。その後ICT(情報通信技術)の発展に伴い、本人のプライバシー保護という基本理念や刑事罰などの制裁措置など、さまざまな課題が出て、2019年1月にデータ保護の十分性の日・EU相互承認、2020年には改正個人情報保護法の成立・施行をみた。
 この間、2013年にはマイナンバー法(世界レベルのプライバシー保護をうたう)、政府は「世界最先端IT国家創造宣言」を閣議決定、高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部を組織、パーソナルデータに関する検討会も開催して翌2014年にはデータの利活用に関する制度改正大綱を打ち出している。
 この2年間にはJR東日本のSuica(鉄道、バス乗降、買い物などに使えるICカード)乗降履歴データの第三者売買事件や情報セキュリティー先進企業におけるベネッセ顧客情報流出事件(子会社SEによる3500万件を超える情報流出で、事件発覚後2週間で営業秘密侵害罪により逮捕。親会社は260億円の特別損失を計上)が起きた。

改正個人情報保護法の抑止力

 2015年改正の個人情報保護法では、法に基づく個人情報データベース等不正提供罪の新設が盛り込まれた(1年以下の懲役又は50万円以下の罰金)。一方で不正競争防止法の「営業秘密侵害罪の罰則は、個人に対し「懲役10年以下、罰金2000万円以下、犯罪収益没収」、法人には「5億円以下(海外重罰10億円)、犯罪収益没収、二次取得者以降も処罰対象」が課せられる。双方ではレベルの差があり過ぎ、抑止力としての観点からは引き続き「営業秘密としての法的保護を受ける情報管理が必要」とした。課題として残るのは、「名簿を金庫に入れてカギを掛けるようなもの」というように、名簿を秘密として管理することが利活用の面で促進を阻害しているとする批判にどう対応するか、がある。
 また、改正保護法には「個人情報」の定義の明確化やデータを使うスキームとしての匿名加工情報(個人を識別することができないよう加工して得られる情報で、かつ復元することもできないもの)など、適法・違法の境界線上のファジーな利活用に対して本人の関与のあり方が課題に。

プロファイリング 個人の権利と関与

 ICTやAIの先進技術の進歩によって多くの蓄積情報―人種や年齢、行動パターンなどを元に個人像を浮かび上がらせ、最近では顧客の嗜好調査や行動予測、警察の犯罪捜査などでも有効なプロファイリング。就職情報サイト「リクナビ」を運営するリクルートキャリアが、就職活動中の学生が、内定を辞退する確率を人工知能(AI)で予測、38社に2018年3月から販売していたという問題。合否判定にデータを活用しないことを確約した企業だけに提供していたというが、就活生への説明が不十分であったと指摘され販売を休止した。
 最近登場した「信用スコア」は、個人データとプロファイリング、AIを使って個人の基本的な情報からインターネットで行動履歴や傾向、信用力を分析するサービス。中国では2014年に「社会信用システム」を構築し、就職やローン審査などに利用されている(本人の関与可能)。
 2020年個人情報保護法改正に向けた法学者たちからは、利便性向上と権利保護の両立する法制度の定立が論点になった。GDPR(EU一般データ保護規則)では本人が関与できる仕組みとして「消去権」があり、一定の場合に事業者に対して個人データを消去させる権利が認められている。またプロファイリングにかかる本人の権利として、データの取り扱いに異議申し立てを行う権利もうたわれ、異議申し立てが行われた場合、管理者は正当な根拠を証明しない限り個人データを処理できない―としている。

ペナルティーの在り方

 「罰金をもう少し上げた方がいい」とか、企業が関わっている場合は行政罰として課徴金を入れることによってコンプライアンスが進むのではないか、など制度について継続して議論が続いている。営業秘密に関する刑事罰(不正競争防止法営業秘密侵害罪)で、日米の経年比較を見ると、2003年成立の法では個人は5年以下の懲役か500万円以下の罰金、法人は1億5千万円以下の罰金で親告罪だったのに対し、1996年の米経済スパイ法では、それぞれ10年以下の拘禁か50万ドル以下の罰金、500万ドル以下の罰金で非親告罪だった。そして現在では日本は刑事罰が10年以下の懲役か2000万円以下の罰金(海外3000万円・犯罪収益没収)、法人は5億円以下の罰金、海外重罰10億円・犯罪収益没収で非親告罪に対し、アメリカでは個人10年以下の拘禁、罰金の上限なし、法人500万ドル以下の罰金、非親告罪となっている。
 現状で企業はどのような情報管理を行えばいいのか―に対して、①社内情報の棚卸しにより重要な情報(マル秘情報)とそうでない情報をはっきり区別する②重要な情報は、営業秘密として法的な保護を受けられるような管理を行う③グループ横断的な責任者(CIOかCPO)と専任管轄部署を設け従業員教育、秘密保持契約、競業避止義務契約の締結、従業員の監視(内部通報、業務監査、メールモニタリングなど)、それらの常時見直しとPDAサイクル運用―を行うことを挙げた。

■ハラスメント、差別問題:働きやすい職場づくりは経営者の役割

 最近、いじめや嫌がらせなどハラスメント関係で企業が信用を落とし、学生が就職応募してこなくなり企業の活力が落ちて非常に大きな損失をもたらす事案となっている。経営上の重要事案として優先順位を上げて対応していく傾向が見られる。

《パワーハラスメント》~エポックとなった労働判例
 パワハラによる自殺が労働災害として認定された初めての事件として、日研化学・静岡労働基準監督署長事件が挙げられる。上司の係長の暴言によって、部下の男性社員が精神障害を起こし2003年3月に自殺した事案。2007年10月、東京地裁は労基署が行った遺族補償給付の不支給を取り消した。2009年には労災認定基準に「嫌がらせ、いじめ、暴行」が追記され、2012年には厚生労働省による「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」で、職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言がなされた。これらを受けて2019年に罰則規定はないものの労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)が成立、昨年6月大企業に対し施行された。

《セクシャルハラスメント》~エポックとなった判例・事件
 出版社に勤務する女性編集者が、編集長に個人的な性生活や性向を窺わせることについてうわさ話を流すなどして、女性に対し職場に居づらくさせる状況を作り出すなど、セクハラ行為を受けたと退職後に訴えを起こした福岡セクハラ事件。福岡地裁が1992年4月、編集長の不法行為責任とともに会社の使用者責任(民法715条)を認め、編集長と会社に連帯して150万円の慰謝料支払いを命じた初の判例となった。
 判決を契機に直接行為者のみならず、会社の使用者責任や安全配慮義務違反を根拠にした損害賠償を求める訴訟が相次ぎ、男女雇用均等法のセクハラ対策(2005年改正)、セクハラ防止対策の強化(2020年改正、取引先や顧客、患者などに適用拡大)がなされた。
 ●参考資料としてセクハラ行為への賠償額
 日本:本人と会社に対する慰謝料(おおむね数百万円程度)+退職を余儀なくされた場合の本来得たであろう利益(1年分程度)
 米国:懲罰的損害賠償制度下で、米国三菱自動車と雇用機会均等委員会(EEOC)による和解(1998年)3400万ドル=49億円弱、米国トヨタ事件(2006年、本人と会社に1億9千万ドル=約212億円の賠償請求、3カ月後にスピード和解)

《過重労働》~エポックとなった労働判例・事件
 広告最大手の電通に関わる過重労働(長時間労働)による社員自殺事件2件。入社2年目の男性社員の場合(1991年8月)は長時間労働に原因として遺族が提訴。時間外労働は多い時で月147時間に及び、最高裁は2000年3月、電通の安全配慮義務違反を認め、その後、遺族には1億6800万円の賠償金を支払うことで和解。
 安全配慮義務とは、従業員が安全で健康に働けるよう配慮する企業の義務。企業が仕事量を調整する義務も含むと最高裁が判示した。その後、労働契約法第5条に安全配慮義務が規定され、いまでは仕事量の調整と労働時間の管理は企業の義務として定着。
 電通では2015年に入社1年目の女性社員が、過重労働によりうつ病を発症し自殺した。時間外労働は発症前1カ月間の時間外労働は105時間で、休日にも職場の宴会の出しものの作成を指示されるなど、パワハラの要素も指摘されている。
 また、2013年7月、都議会議員選挙と参議院議員選挙の取材を担当していたNHKの女性記者が心不全で死亡。時間外労働は多い時で月159時間強に及び労災認定された。NHKは4年後の2017年10月に公表。この事件を受けて「働き方改革関連法案」が国会に提出され、2018年6月に成立、2019年4月1日から大企業で改正法が適用。柱は①法定上限を超える時間外労働はさせない②健康管理や過重労働防止の観点から労働時間の正確な把握③有給休暇の取得推進―の3点。

《ハラスメント報道とクライシス・マネジメント》
 一般に報道されることによって企業価値は損なわれる。記者の視点からハラスメント報道に関する企業への対応として2020年2月13日、関西大学東京センターで開かれた前回第10回特別シンポジウム「パワハラ 絶対許さない」で、パネリストとしてジャーナリスト、和光大学名誉教授(元朝日新聞編集委員・論説委員)・竹信三恵子氏による「労働報道とハラスメント」の資料では、ハラスメントが明らかになった時点での企業としてのプレス・マネジメントの重要性が紹介された。「被害者を黙らせようとしない、会社を守ろうとしない、逆ギレしない」「マニュアルや法律に触れていないことを言い訳にしない」「ハラスメントは会社の働きやすさの破壊装置であり、生産性をたたきつぶす凶器であることを全部署が認識する」「有効で画期的な対策を打ち出せれば、逆に(ブラック企業のイメージを)ホワイト事例に変えられる」など。
 働きやすい職場づくりは「経営者の役割」として組織効率、業務効率にも影響を与える。それは人間関係において安全であるというチーム共通の信念(心理的安全性)であり、働く人が「ありのままの自分」でいられる職場づくりが、企業価値の持続的向上を経営の目的としている経営者にとって、役割そのもの―と最近言われる。

■経営者の視点からのリスクマネジメントとコンプライアンス

 “ベンチャー”(危険を冒しても行く)と言われるように、企業経営にはさまざまなリスクが伴い発生する。リスクの顕在化を抑えつつ業績、企業価値を高め持続的に成長させることが経営の目的である「株主価値の増進」に寄与する。そのためのリスクマネジメントは経営者の役割といえる。特に法令違反や違法行為などの法的リスクに対しては、リスクコントロールとしてコンプライアンス・プログラム、クライシス・マネジメントが求められる。

《コンプライアンス・プログラム》

 求められるものは、①グループ横断的な責任者と専任管轄部署の設置②重要なリスクについては、規定やガイドラインなどのルールを策定③役員・従業者、さらに子会社やエージェントなどへの教育④運用とモニタリング=ネガティブな情報を収集する仕組み(内部通報ライン、コンプライアンス監査、社外取締役への通報)。経営者に絡む問題は、監査役や社外取締役への通報の仕組み⑤経営者への報告と改善⑥情報公開(重要リスクで対応が不十分なものは有価証券報告書の「事業等のリスク」四半期報告で開示するかCSRリポートで任意開示する。
 プログラムの設計・運用上のポイントは、①マネジメント・システムへの発想転換=「コンプライアンスは法令遵守」は間違いで、企業価値創造のエンジンであると認識しプログラムは法的リスクのマネジメント・システムと捉える。
 プログラムの効果として、1)企業防衛の視点から運用=①発生時の損失最小化(クライシス発生時に法人としての違法性阻却、罰金・課徴金の減額、または損失の低減を目的としたコンプライアンス・プログラムの運用とエビデンス・証拠の収集や証明)②抑止効果=経営者による法人としての宣言⇒規定などのルールの整備⇒従業員研修⇒モニタリングなど、一連のPDCAサイクルを回すことによって、従業員のリスク感度を高め、発生を抑止する。2)迅速・的確なクライシス・マネジメント=経営者による事件・事故などのネガティブ情報の迅速な収集と対応が損失(EUのGDPRで違反に際し、最低でも1千万ユーロ、約13億円の制裁金を課せられる)を極小化でき、またホワイト事案に変える場合もある。

《コンプライアンスと企業価値の相関関係》

 CSR経営の基盤としてコーポレートガバナンスとリスクマネジメントを含む内部統制システムの確立が求められる。その上に“企業市民”としての諸活動(消費者重視・人権配慮・社会貢献・環境対策・雇用配慮など)がCSR経営として一体で企業価値が形成される。
 ダウ・ジョーンズのSustainability Indexes、ベルギーに拠点を置くNPOのForum Ethibel、フィナンシャル・タイムズ社などの評価会社が、社会的責任投資(SRI)と企業の社会的責任(CSR)の観点で高いパフォーマンスを示している企業を選定している。経済・環境・社会の各面で30数問ずつ持続可能性のアセスメント質問書を企業に送り、コーポレートガバナンス、リスクマネジメント、コンプライアンスを評価。以前はSRI(社会的責任)投資がスケールになっていたが、最近はESG投資残高の動向が注目され、ここ数年で残高も伸びている。2018年の日本企業への投資残高は2兆180億ドル(約228兆円)と、全投資の18.3%、アメリカでは11兆9900億ドル(約1250兆円)同25.7%と、企業価値を向上させるという経営目的に合致する動きを見せている。

■最終章 ニューノーマル時代の「風通しの良い社風」の醸成へ

 2020年1月から丸1年、新コロナウイルス下の生活を余儀なくされた日々を経て、何か経営アイディアはないだろうか。企業風土変革のチャンスと捉えたい。

《コロナ禍でクローズアップされた企業の課題》

(1)働き方(テレワークの進展)
・情報セキュリティーの見直し
・管理職のマネジメント
・適正な労務管理と人事評価
・社員の健康管理

(2)危機管理
・過去の感染症パンデミック(世界的大流行)を基にしたBCP(Business continuityPlan 事業継続計画)の見直し
・テレワークの進展による危機発生時の脆弱性

(3)企業風土の醸成
・在宅勤務となることでの価値観の共有、風通しの良い社風の醸成⇒変革のチャン スでもある。企業風土の醸成には従業員教育が有効と日本経営倫理学会における議論がある。過去に溯れば1990年代には不祥事の予防を目的にした階層別・集合研修、2000年代に入って大企業での経営倫理教育として、トレーナーを養成し社内に発展させていく「カスケード方式」(2004年)や「ケース・メソッド教育」による方法(2007年)の有効性が主張された。ケースとして意思 決定や行動変容を目的とするならば。組織自体が倫理的規範を共有し、実践していく資質とスキルの習得(組織習得)が必要とする考え方だ。さらには知識を全社的に効率よく普及させる仕組みとして有効視された「オンデマンド型のe-Learning」だが、あくまで反復練習や自学自習の補助的役割にとどまった。

      《参考》大学の「e-Learning」教育の変革
・コロナ禍前の遠隔教育=従来のオンデマンド型(Google Classroomなど)で、教員と受講者が顔を見ながらリアルタイムに議論を行う双方向性はなく、補完間のシステムとして活用されていた(1997年ごろ)。
・緊急事態宣言下での遠隔教育としては、ビデオ会議システムを使ったe-Learningによる遠隔講義が普及した。Zoomによるブレークアウトセッション機能などでケース・メソッド教育を再現した。*アメリカの高等教育機関でオンラインコースを1コース以上受講している学生は630万人、全学生2100万人に占める割合は約30%だった(2016年秋学期)。

(4)ビデオ会議システム活用の可能性
・会社・事業所の垣根を超えた従業員研修(グループ各社の部長研修など)。     ・価値観の共有:経営層の研修(世界各国の子会社役員の研修やクライシス・トレーニングに)。また、経営者によるCSRキャラバンや買収した企業の同質化などに適したものに。
・ビデオ会議システムによる遠隔研修やコミュニケーションを採り入れることで、移動を伴わず均質な従業員教育、価値観共有活動を行える。
・さらには組織としての帰属意識を醸成するために、オンライン教育のみならず定期的なリアル集合研修を組み合わせてハイブリッドなカリキュラムを作成。     
・取締役会=海外在住、障害者などの社外役員の選任が可能に。
・緊急危機対策本部の組織と開催=ネット接続が可能ならば集合しなくても可能。
・ビデオ・カウンセリング=顧客とのカウンセリングのオンライン化に。

●まとめに代えて(10年間の流れを見て感じたこと)
 経営者は、
 1.「社会は大きく変化」、「法の変化」をウオッチする感度の高いアンテナを張り、
 2.いままで「常識」であったことをアップデートし、
 3.コンプライアンス・プログラムに反映させ、社会の期待(立場)に見合った意思決定を行うとともに、
 4.まるで家族のような「風通しの良い社風」を醸成する ことが、これからの経営に必要ではないかと思います。これは結果として企業価値向上に寄与することになると思います。

 《受講者からの質問》

 分かりやすく示唆に富む講演をありがとうございました。講義の中でリスクマネジメントの大切さを言われ、それをする上でコンプライアンス・プログラムを常に見直し、PDCAを回してリスクを最小化していくということでした。私、第一線で30年ぐらいある会社で働き、いまは異動により希望で第二線に移って5年となります。悩みはPDCAを回していくという形は比較的時間をかけてやっていくのですが、やっていくうちにだんだん形骸化して実効性のある第二線が意識していけない悩みがある。どういうところに気を付けて第二線を運営していったらいいのでしょうか。

髙野講師)多くの企業で形骸化の悩みを抱えていて、いろいろな方法を模索しています。第一にコンプライアンス・プログラムをかけるときに、教育の方法を毎年変えている企業もあります。ことしもある企業ではグループディスカッションをZoomのオンラインでやったり、最近強く取り組まれているのは、内部通報制度をいかに組織的な運用となるように変えていくのかです。ネガティブな情報が集まれば、その中には重要な情報もあり、それが事実上の取り組みとなり、そこに注力している企業もあります。形骸化して機能不全になっている組織の改善、ブラッシュアップにもなります。いろいろなやり方はありますが、ぜひACBEEの皆さん方が「これは良かったね」という好事例を共有しながら情報交換していってください。

ニューノーマル時代の在り方とは・・・

 閉会に際し千賀瑛一ACBEE専務理事があいさつ、「本日のACBEEオンラインシンポジウムでは、辻、髙野両先生には大変お世話になりました。コロナの被害が拡大して、働く場や日常生活でニューノーマルという新しい考え方、行動が急激に進んでいるなかでのテーマ設定でした。どんな情勢や時代にあってもビジネス倫理のテーマは欠かせない主要なテーマになっているのではないでしょうか。両先生には本日、今後の新しい時代の企業の在り方に重要な指針、課題を示していただきました。テーマは多様にあります。シンポジウムに参加された皆さまにも本日得られた知識、ノウハウを持ち帰られて、さらに掘り下げ、ご自身の業務・活動に生かしていただければと思います」と感謝を伝えた。

 (文責:ACBEE編集委員 青木 信一) 

=関連記事、本ホームページ≪インフォACBEE≫に。